今年、平成30年(2018)は、明治元年(1868)から起算して満150年の年に当たります。明治期にはさまざまな文化が日本へ流入してきました。その中の一つが西洋音楽です。西洋音楽は日本の近代的教育制度の一環として取り入れられ、音楽教師の養成とともに始まった唱歌の作曲とともに普及していきました。明治30年代の半ばには、ワーグナーの魅力の虜になり、楽劇に熱狂した人びとが多数現れました。ワーグナー・ブームは、宗教学者の姉崎正治(嘲風)が先駆けとされています。姉崎の影響を受けた高山樗牛、石川啄木らは、楽劇のテキストや著作といった文献から、永井荷風は主に実演に接してワーグナーに深く傾倒したとして知られています。彼らのようにワーグナーを愛好する人びとは、ワグネリアンと呼ばれていました。
本号では、10月31日に開催するレコード鑑賞会「ワーグナーと文豪 明治のワグネリアンたち」とタイアップし、明治の文豪たちとワーグナーに関する資料をご紹介します。
図書のとびら
『明治のワーグナー・ブーム 近代日本の音楽移転』
竹中亨 著 中央公論新社 2016 請求記号:762.1/313 ( 22868343) 県立公開
本書は、音楽そのものではなく、音楽を取り巻く社会文化的側面に焦点を当てています。なぜ日本では、短期間に西洋音楽が普及したのか。宗教学者・姉崎正治の雑誌論文を発端としたワーグナー・ブームの原因を探ることを切り口に、日本人が洋楽を取り入れた過程と事情を歴史的にとらえています。著者は、大阪大学大学院文学研究科教授。博士(文学)。専門はドイツ近現代史、日独文化移転史。
『漱石が聴いたベートーヴェン』
瀧井敬子 著 中央公論新社 2004 請求記号:762.1NN/206 (21685730) 県立公開
ドイツ留学中にオペラの世界に魅了された森鴎外、女流音楽家の妹を持つ幸田露伴、ニューヨークやパリで劇場三昧の日々を送った永井荷風。そして、弟子に誘われて奏楽堂に通った夏目漱石。近代化に伴って流入する西洋音楽を、彼らはどのように受け止めたのでしょうか。西洋音楽受容の草創期に、音楽に魅せられた文学者たちの姿がいきいきと描かれています。
『永井荷風オペラの夢』
松田良一 著 音楽之友社 1992 請求記号:910.26AA /1189 (20486742) 県立書庫
明治36年(1903)から明治40年(1907)まではアメリカで、また1907年から1908年、フランスに渡ってリヨンで過ごした永井荷風。その間、ワーグナーをはじめ、多くの音楽体験をしていました。本書では、若き日の永井荷風の米仏生活と精神の彷徨をたどり、彼がひそかに抱いていたオペラ作家への夢と挫折から新しい荷風像を提示します。また、巻末資料として、「永井荷風(壮吉)の鑑賞したオペラとコンサート」が収録されています。
『西洋の音、日本の耳 近代日本文学と西洋音楽』
中村洪介 著 春秋社 1987 請求記号:910.26/701 (12702445) 県立書庫
日本に西洋音楽が導入され、近代人として意識が根付きだした時期にあたり、幕末の非音楽専門家たちは、異質な文化をどのように受け止めたのでしょうか。日本対西洋の比較文化的観点から見直すとともに、音楽と文学の境界領域を開拓するべく、近代日本文学と音楽との相関関係を論じています。成島柳北、島崎藤村、上田敏、永井荷風、石川啄木らを中心に取り上げて、洋楽受容の87年の足跡を辿っています。第38回芸術選奨文部大臣賞に輝いた名著。
雑誌のとびら
「永井荷風「旧恨」論」 ワーグナー『タンホイザー』へのオマージュとしての「旧恨」 岩田ななつ 著
『国文鶴見』 鶴見大学 第51号 2017年3月 p60-71 請求記号:Z910.5/107
「旧根」(『あめりか物語』、初出は『太陽』1907年5月)は、荷風自身が、西村渚山宛書簡に「今オペラ『タンホザー』を背景にした短編を書いて居る」(1907年1月1日)と記したように、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でワーグナーの『タンホイザー』を鑑賞した感動から生まれた短編小説です。
本稿では、「旧恨」を『タンホイザー』のオペラ・パロディーとして描いた作品ではないか、という仮説をたて、当時のアメリカの女性像、キリスト教的な性道徳、「タンホイザーに対する共感と疑問等の問題意識を小説にした作品ではないかとの考えを元に「旧恨」を論じています。
「明治日本のワーグナー受容と仏教 -姉崎正治から永井荷風へ-」 車野治之 著
『学士会会報』 学士会 第907号 2014年7月 請求記号:Z060/1
ワーグナー受容の先覚者として姉崎の存在意義のひとつは、その音楽の本質をなす宗教性、思想性を見事に言い当てたことです。関連して、「ワグネルの理想」などで、ワーグナーの主張を仏教と引き付けて紹介、論議していることにも注目できます。ワーグナーのマティルデ・ヴェーゼンドンク宛書簡の訳文からもわかるように、仏教に傾斜していくワーグナーの考えを姉崎は、見事に言い当てています。
ふたつめは、永井荷風への影響です。米国滞在中の荷風の書簡に姉崎のワーグナー論への言及があることは指摘されてますが、荷風の米仏でのワーグナー体験はこうした姉崎の主張が反映していたと言われています。"
「ワグネリアン啄木」 塚本邦雄 著
『短歌』 角川書店 第33巻第3号 1986年3月 請求記号:Z911.105/15
ワーグナーは、1883年の2月13日、ヴェネチアで永眠、漆黒のゴンドラの棺で大運河を下りました。啄木の誕生はその翌々年の晩秋10月。楽聖ワーグナーは、時を経るに従い、熱狂的なワグネリアンを生みましたが、当時の日本には楽譜を輸入して演奏する楽団も楽人もおらず、啄木がその音楽に直接触れた可能性は低いと言われています。しかし、18才の啄木が書き始めたワーグナー論、「ワグネルの思想」は「岩手日報」に7回連載されました。結果的に中断されましたが、論旨も構成も末尾まで正確に書きあがっていました。本記事では、啄木の熱狂的なワグネリアンぶりと、評論「ワグネルの思想」について言及しています。
視聴覚のとびら
ワーグナー 『オペラ合唱曲集』
請求記号:CD15/ワ-ク(41154253) 1970-1985年録音 1997年発売 音楽・映像コーナー公開
「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」などのオペラ作品から、それぞれ代表的な合唱曲を収録しています。指揮はワーグナーのオペラに関して高い評価を得ている巨匠サー・ゲオルグ・ショルティであり、演奏はウィーン・フィルおよびウィーン国立歌劇合唱団、シカゴ交響楽団および同合唱団です。いずれも定評ある全曲版から抜粋されたものであり、ワーグナーのオペラの魅力をじっくりと味わうことができます。
ワーグナー 楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(全曲)
請求記号:CD15/ワ-ク (41114182) 1999年録音 2000年発売 音楽・映像コーナー公開
現代を代表するワーグナー指揮者バレンボイムによるワーグナー新録音です。演奏は、バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団。
ヴァルター役のザイフェルトがすばらしい声で次から次へと歌を折り重ねていきます。ホルの安定したザックス役も、この演奏時間の長いオペラを安心して聴かせてくれます。指揮者バレンボイムの手腕もさながら、ザイフェルト、ホル、マギーをはじめ当代一流の歌手陣の競演も聴きごたえ満点です。解説書1冊付。
インターネットのとびら
東京・春・音楽祭 東京のオペラの森
http://www.tokyo-harusai.com/index.html
東京・春・音楽祭のホームページです。公演情報、チケット情報のほか、春祭ジャーナルでは、クラシックにまつわる連載記事を掲載しています。「ワーグナーVS作曲家」、「Wagneriana ワグネリアーナ ~ワーグナーにまつわるあれこれ」などワーグナーに関する内容も盛りだくさんです。
オペラ対訳プロジェクト
https://www31.atwiki.jp/oper/
オペラの歌詞をwikiを活用してみんなで訳出し、日本語対訳にしてオペラファンに無料で提供するプロジェクトです。オペラ作曲家別索引から作品を探すことができます。「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」をはじめ、現在45の作品の対訳が提供されています。