いわさきちひろの絵は、誰もが一度は目にしたことがあるかと思います。淡く柔らかな水彩で描かれたあどけない赤ちゃんや子どもたちの絵は、いまなお多くのファンを集めています。彼女は55年の短い人生で、9千点を超える作品を残しました。今年はいわさきちひろ生誕100年にあたります(1918年-1974年)。子どもたちにそそがれる彼女の温かいまなざしの陰には、彼女自身の波乱に富んだ人生の歓びや哀しみがあります。妻として、母として、芸術家として、そしてひとりの女性として短い人生を全力で駆け抜けたちひろ。その魅力を伝える資料をご紹介します。
図書のとびら
『ちひろ・愛の絵筆━いわさきちひろの生涯』
滝いく子著 労働旬報社 1983 請求記号:D3/イワ (110105434) 女性関連資料室1 公開
幼い頃から絵が好きだったちひろ。路上に蝋石で絵を描き、その絵をたどっていけば必ずちひろの姿を見つけることができたといいます。裕福な家庭で育ち、二十歳の時に"家"のための結婚をしましたが、夫を受け容れることができず、夫の自死という悲劇で最初の結婚は終わりました。その後、戦争体験を経て、終戦後は共産党に入党。そこで、のちに弁護士・国会議員となる夫と再婚。画業や夫の仕事を支えるため、両親の元にひとり息子を預け、つらい思いもしたといいます。また、作品に人気が出るようになっても、自分の絵にはもっと"ドロ臭さ"が必要ではないか、と悩んだ時期もあったようです。自身の戦争体験からベトナム戦争に反対し、反戦の作品も描いたちひろ。ちひろの強いヒューマニズムと生への情熱を知ることができる一冊です。
『いわさきちひろ子どもへの愛に生きて』
松本猛著 講談社 2017 請求記号:R3/マツ (22972558) 女性関連資料室1 公開
美術・絵本評論家、作家であるひとり息子の猛による最新の評伝です。ちひろはいつも子どもの意思を尊重し、アトリエにも自由に出入りさせ、ときには手製のメンコに絵を描いてくれたこともあったそうです。その子育ての感覚は、文学と美術を愛し、ロマンチストだったちひろの父親の影響があったのでは、とのことです。中学生になると、ちひろから作品の感想を求められることもあったそうです。ちひろの死が近づいたとき、病室で結婚式を挙げた猛は、ちひろの死後、父親とともに自宅を改築して、「いわさきちひろ絵本美術館(現:ちひろ美術館・東京)」を造りました。できるだけ、客観的にちひろ像を描きたいと思いつつ、ともに過ごした時代については主観でしか見ることができないという猛。画家としてだけでなく、ひとりの母親への尊敬と愛にあふれた一冊です。
『わたしのえほん』
いわさきちひろ著 講談社 1973 請求記号:909/73 (11883956) 県立書庫
ちひろ自身によるエッセイ本です。約15センチ四方、24頁のかわいらしい本です。ちひろの挿絵を背景に、子ども時代の戦争の思い出、戦後の夫との出会いや結婚生活の様子が、平易で率直な文章で綴られています。とくに印象的なのは、結婚に際し、「絵かきとしての妻の生活を守ること」という一札を入れて貰ったというエピソードです。生涯を画家として生きる決意をしたちひろの思いの深さがうかがえます。
『ちひろとローランサン、コルヴィッツ 少女の心 母のまなざし』
いわさきちひろ絵本美術館編 いわさきちひろ絵本美術館 1994 請求記号:723.06/7 (20784690) 県立書庫
いわさきちひろ絵本美術館(現:ちひろ美術館・東京)で1994年に開催された、「没後20年特別展」の図録です。ちひろが若い頃から惹かれていたふたりの女性芸術家とちひろの作品を同時に展覧することで、ちひろの作品にどのような影響を与えたかを探っています。ちひろの一生を貫く二つの側面のうち、「永遠の少女性」はローランサンから、そして、「母なるまなざし」はコルヴィッツからの影響が浮き彫りになってくるそうです。ちなみに、ちひろは反戦をテーマとしたこのドイツの版画家コルヴィッツの画集をいつも手元に置いていたそうです。
『戦火のなかの子どもたち』
岩崎ちひろ作 岩崎書店 1973 請求記号:E1/イ (13065362) 県立書庫
ベトナム戦争を主題とした、ちひろ最後の絵本です。ほぼモノトーンで描かれた絵に、彼女自身の短い言葉が添えられています。子どもたちの瞳には絶望の色が、子どもを抱えて「もえていった」母親の目には、理不尽なものへの怒りが感じられます。「戦場にいかなくても戦火のなかでこどもたちがどうしているのか、どうなってしまうのかよくわかるのです。子どもは、そのあどけない瞳やくちびるやその心までが、世界じゅうみんなおんなじだからなんです。」本書のあとがきに書かれたちひろの言葉には、平和への強い願いと弱者へのまなざしが感じられます。
『にんぎょひめ』
アンデルセン作 曽野綾子文 いわさきちひろ絵 偕成社 1967 請求記号:JE/ア (70101688) 県立書庫
ちひろはアンデルセンの童話に強く惹かれ、彼の作品に多くの挿絵を描いています。1966年にはアンデルセンの故郷、デンマークのオーデンセを訪ねる旅もしています。どの作品の挿絵も素晴らしいのですが、とくにこの作品は、ちひろが得意とする"にじみ"の技法によって、にんぎょひめの哀しみの深さがよりいっそう際立った美しい作品になっています。
雑誌のとびら
「特集いわさきちひろ Love, Love, Love」
『芸術新潮』 新潮社 第63巻第7号 2012年7月号 p10-84 請求記号:Z705/1
絵本の挿絵や雑誌の表紙を飾った色鮮やかな作品が、カラー頁で数多く紹介されています。あわせて、童画の枠を超え、日本近代絵画史の視点からの考察、江戸美術の琳派の画法との共通点など、興味深い視点で掘り下げられた特集になっています。
「いわさきちひろの画業の変遷を考える ―同時代の「主婦・母親観」とのかかわりにおいて―」 宮下美砂子著
『総合女性史研究』 総合女性史学会 第32号 2015年3月号 p25-45 請求記号:ZW255
ちひろの作品を女性史の視点から読み解いた論文です。ちひろが画家として活動を開始した1940年代末から、亡くなるまでの1970年代までをそれぞれの時代背景とともに、作品テーマや表現の変遷を詳細に分析しています。著者は、「ちひろの画業は戦後の日本社会における「主婦・母親観」の変遷に寄り添う形で展開した」と述べています。一方で、「母性」で一括りされがちな固定化されたイメージを持つことへの危惧も述べています。
新聞のとびら
「優しさに漂う生の強さ いわさきちひろ生誕100年 創作の魂」 岩本文枝・文
日本経済新聞 2018年2月26日夕刊 p.12 請求記号:
ちひろ生誕100年に関連して開催される企画展や、前掲した息子の猛による評伝の刊行などについてまとめた記事です。
「にじむような淡い色彩で子供を描いた、いわさきちひろ。今年はその生誕100年にあたる。優しげな画風の背景にあった思想や創作の裏側を、現代の美術家らが展覧会などで探っている。...(後略)」
「平和な未来 子どもに 宮前で原爆展 いわさきちひろ描いた23点」 北川文・文
神奈川新聞 2015年7月11日 p.19 請求記号:
戦後70年にあたる2015年に、川崎市で開催された核兵器廃絶を願う「平和のための原爆展」に関する記事です。戦後70年と開催5回目の節目に、ちひろの作品を展示しました。
「(前略)子どもを愛らしく描き続けたちひろの絵から、平和への願いが映し出される。...(後略)」
インターネットのとびら
世界初の絵本美術館/ ちひろ美術館
https://chihiro.jp/
公益財団法人いわさきちひろ記念事業団による公式サイトです。いわさきちひろと世界の絵本画家の原画コレクションを所蔵・紹介しています。ちひろの年譜、技法の解説、ブックリストなど盛りだくさんの内容になっています。また、「ちひろ美術館・東京」「安曇野ちひろ美術館」の展示情報も随時更新されています。
いわさきちひろ生誕100年特設サイト
https://100.chihiro.jp/
生誕100年にあたり、ちひろのふたつの美術館で1年をかけて開催される「Life展」。メディアアート作家、写真家、詩人などさまざまな分野で活躍する7組の現代作家たちが、ちひろをインスピレーションとして、新たな作品を披露するコラボ企画です。展示情報ほか、ギャラリートークなどのイベント情報なども発信しています。