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本の表紙画像(『公共哲学からの応答』山脇直司著)県立図書館では、2022年に新棟が開館します。価値を創造する図書館として、現代の課題をともに考え、未来を創造するような場を作っていきたいと考えております。その準備として、「図書館で哲学を~withコロナ時代の哲学~」と題した講座を企画しました。コロナ禍のさまざまな課題を考える上で手がかりとなる哲学を紹介する初心者向けの講座です。

「哲学」というと「古典から学ばないといけないのでは?」というイメージがあり、ハードルが高くなっているかもしれません。そこで、現代の課題(新型コロナウイルス感染症)と哲学という組み合わせから始めてみようということで、「公共哲学」を選択しました。
講師には、哲学博士で星槎大学学長の山脇直司氏を迎え、「人権と公共の福祉―その両立を考える」をテーマとして1月17日に開催しました。緊急事態宣言期間中となったため、会場での開催は中止し、オンラインのみでの開催となりました。歴史や代表的な哲学者を紹介しつつ、現在の状況を分析していただいた講座の内容について報告します。以下は、山脇氏にご執筆いただきました。

1. withコロナの状況で日本国憲法に即しつつ「人権と公共の福祉」の両立を考える

公共哲学とは「よき公正な社会を追求しつつ、現下で起こっている公共的諸問題を市民とともに論考する実践哲学」を意味しますが、その観点から、日本国憲法に記された「基本的人権」と「公共の福祉」の両立をどう考えるかから始めたいと思います。
日本国憲法で人権は自由権との関連で規定されていますが、今回のコロナ禍では、他者に感染させ(他者の人権を侵害)、クラスターを引き起こしかねない(公共の福祉を侵害しかねない)リスクという観点から、「公共の福祉による個人の自由権の制限」が理解されなければなりません。これは、「人権相互の衝突を調整するための原理」としての公共の福祉観とも両立する解釈です。
他方、日本国憲法で財産権は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利(25条)や教育を受ける権利(26条)などの社会権に続く29条で明記されています。したがって、休業要請は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」と明記された29条に基づいて、「国民への感染拡大防止という公共のための、政府による私有権制限(自粛要請)と手厚い休業補償」というセットでなされなければなりません。

2. 「人権」の思想史と歴史的展望―その再考

日本国憲法97条には、基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」と記されています。人権思想の歴史は、アメリカの「バージニア州権利章典」とフランスの「人および市民の権利宣言」を原初と見ることが通説とされ、その欧米中心白人優先主義を打破するため、1948年に国連の「世界人権宣言」で、「人類社会のすべての構成員の、固有の尊厳と平等にして譲ることのできない権利を承認する」ことが謳われました。同じ頃に成立した日本国憲法も、この歴史的コンテキストで捉える必要があります。
しかし他方では、ホッブスの人権論が存在します。人間の自然状態は「万人の万人に対する戦い」であり、そうした無秩序や共倒れを回避するために、人々が相互契約を結んで自らの「生存権(自己保存権)」を保障する強い国家権力(リヴァイアサン)を成立させるという思想です。これは、現代の強権国家・警察国家に類似した人権論であり、「公共の福祉」を強権国家的に解釈する思想で、今の中国政府が想起されるかもしれません。

後編につづく。

(県立図書館:「図書館で哲学を」担当)