3. 「公共の福祉」の思想史と歴史的展望―その再考
公共の福祉の一義的解釈は存在しませんが、私は「みんながよき生活を送る状態」という意味で理解したいと思っています。古典を遡れば、アリストテレスの、貧富の差が少なく中間層の厚い国家を理想とした思想や、孟子の「恒産なくして恒心なし」という思想、中世のトマス・アクィナスの「共通善」思想などが、福祉思想の古典として挙げられるでしょう。
現代の公共の福祉論としては、功利主義、アメリカのジョン・ロールズの「正義論」やマイケル・サンデル「共通善論」、カトリシズムにおける「共通善論」が挙げられます。功利主義は「最大多数の最大幸福」として公共の福祉を理解する思想ですが、マイノリティーや社会的弱者を配慮する人権思想が乏しい弱点があります。
ロールズは、個人の自由権を優先しつつ、社会権としての福祉をも追求するリベラルな正議論を展開しましたが、ロールズに飽き足らなかったサンデルは、市民同士の公共的な対話や議論によって共通善を決める政治を不可欠とし、コロナ禍を乗り越えるため道を模索しています。世界に10億以上の信徒を持つカトリック教会の社会教説は、「国家は共通善のために存在するが故に、特定の人間や階級によって独占されないように市場を制御し、富の分配に努めなければならない」と謳っています。
4. afterコロナ時代の福祉国家・共生社会構想
私自身の考えでは、afterコロナ時代の日本は、憲法に記された自由権と社会権の両立を実現する福祉国家・共生社会を目指さなければならず、それは、「ソーシャル・リベラル」な公共哲学の展開です。その実現へ向けて、今日は次の6つを提案したいと思います。
1) まず 窮乏、疾病、無知、ホームレス、失業などの除去を意味する「消極的福祉」と、自律、健康、良い暮らし、進取などの創造を意味する「積極的福祉」の双方の視点と実現が、日本の福祉政策で不可欠です。
2) 次に、一人一人の生活状態は不平等であるが故に、それに見合った形で支援や援助を行い、各自が自己実現できるような社会の構築が「公共の福祉」の実現を意味するという、インド生まれの経済学者アマルティア・センのような思想が、自由権と社会権を統合する福祉思想として導入されなければならないでしょう。
3) そのセンと緒方貞子さんが発起人となって唱えられた「人間の安全保障」という考え方、すなわち、新型コロナウイルスやHIVエイズなど、人間の生命を蝕む危険に対し迅速に対処できる国家を超えた福祉体制を構築するという日本発の考え方が、世界中に普及されなければなりません。
4) 1975年から1995年まで神奈川県知事を務めた長洲一二のブレーンであった松下圭一は、市民自体の自治による「公共善」の確立という観点から、公共の福祉を「市民によって構築されていく課題」として捉えていましたが、今日この考えが復権されなければならないと思います。
5) 経済学者の宇沢弘文は、自然環境、社会インフラ、制度資本から成る社会的装置を「社会的共通資本」と名付け、それらを、それぞれの分野における職業的専門家によって、専門的知見に基づき、職業的規律に従って管理・運営する体制の必要性を説きましたが、こうした体制の樹立が政府や市民の間で共有されなければなりません。
6) 私は、15年来、かつての「滅私奉公」ではなく、「活私開公(かっしかいこう)」と「滅私開公」「無私開公」の組み合わせによる福祉国家の実現を提案してきました。「活私開公」とは、私という個人を活かしながら、人々の公共活動や公共の福祉を開花させるライフスタイルであり、「滅私開公」「無私開公」とは、私という個人の私利私欲をできるだけなくし、人々の公共活動や公共の福祉を開花させるライフスタイルを意味しますので、もっと普及させたいと思っています。
講演の最後にはチャットを用いた質疑応答が行われ、コロナ禍における具体的な課題について対応策や考え方を質問しました。山脇氏からは、それぞれに対して丁寧な回答をいただき、受講者アンケートには感謝の言葉がつづられていました。
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(県立図書館: 「図書館で哲学を」担当)
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