紫式部と聞いて、皆さん、どんなイメージをもたれるでしょう?「源氏物語」の作者、だいたいはそれぐらいで、具体的なイメージには乏しいのではないでしょうか?実際、千年以上前に生きたこの女性について、正確に分かっていることは、あまり多くありません。
しかし、紫式部は「源氏物語」の他に「紫式部集」と「紫式部日記」を残しました。
これらの二作品には式部が何を考え、どんなことを感じて生きていたのがわりと率直に記されていて、彼女のリアルな肉声を今に伝えています。
本書はこれらのうち、とくに「紫式部集」を拠所にして、式部の内面に迫り、紫式部という偉大な文学者を、ひとりの人間、ひとりの女性として解体し、その実像を明らかにしていきます。
「紫式部集」は恐らくは式部自身が編纂した歌集で、彼女の生涯にわたる歌が基本的には時系列に沿って配列されています。著者が注目し、同時代の女流文学者との際だった違いとして上げたのが、式部がその人生において、娘時代に特別の意味を与え、意識的にこの「紫式部集」に書き残していることです。
彼女はその時代を結婚前の単なる恋愛時代とは捉えていませんでした。同時代の女流文学者達もそれぞれに歌集を残していますが、彼女たちの娘時代に登場するのは恋人であり、彼らとの贈答歌です。対して、式部が娘時代を振り返り、その時代を彩る大切な思い出として採録したのは、友人達との交流であり、贈答歌でした。恐らく存在していただろう男性との恋歌は、この娘時代においては採録されていないのです。
結婚前の娘時代、まだ何者でもなく、人生の荒波に直面することも、従って人生に傷つけられることもなく、未来を果てしなく夢想できた時代。この頃の式部はからりと明るく、何の憂いもなさそうです。伸び伸びと友人達と交流し、その関係性において、生来の聡明さと、鋭い感性を存分に発揮しています。
式部はものごとを冷静に観察する人でした。友人達と楽しく交流しながらも、少女時代から娘時代の過渡期、心身ともに成長していく己と友の姿をじっと見詰めています。やがて、互いの家庭の事情による友との別れを経験し、実の姉とも死別します。それらを受け止めることで、式部はその後の人生においても常に持ち続ける感慨――世の中も人も常に移ろい、留めようもなく変化していくこと――をこの時期に発見しています。
著者は一首一首の歌を丁寧に読み解くことで、この賢い女性の溌剌と明るかった少女時代を甦らせました。
その後の彼女の人生は、この後の「紫式部集」や「紫式部日記」を読む限り、忍耐と自己抑制、厭世観と憂いに充ちていますから、この頃の式部の伸び伸びとした明るさは、式部の生涯のなかで、ひときわ爽やかに輝いて見え、千年前も今も変わらぬ青春時代の記録として、心に残ります。
小難しい理屈おばさんのイメージがある紫式部に、このような輝かしい青春の記録があるとは、新鮮な驚きでした。
その後の彼女の人生も、著者は丹念に追っていますが、私自身が一番感動したのは、式部の少女時代がこのように曇りなく明るかったことでした。 初版が1976年と古い本ですが、「源氏物語」が千年前から読み継がれてきたように、本書も装丁以外、内容に古さは全く感じません。これからも読み継がれていって欲しい本です。
『紫式部』 清水好子著 岩波書店 1973年
資料番号:11888476 請求記号:910.23/26 OPAC検索
(県立図書館:学生時代、著者の文章に憧れていました)
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