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本の表紙画像(『過激な隠遁』 川崎浹著)美術館(と映画館)は親しい友人、と私は公言しています。高い天井、うす暗い照明、歴史の評価を受けてきた多くの名画...。そこで味わう開放感、充実感を思うと、これはもうパワースポットと言っても過言ではありません。好きな画家は?と問われたら三人がうかびます。長谷川利行、木村荘八、そして今回の髙島野十郎(やじゅうろう)です。
本書はひとりの絵描きの評伝であり、帯の惹句を引用するなら、「24歳の著者が64歳の野十郎と運命的な出会いを果たし、年齢差を超越して思想、人生、芸術を熱く語りあった20年の歳月」を振り返った回想録とも言えるでしょう。

1890年、福岡県久留米市に生まれ、東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業。将来を嘱望されながら画家の道を選び、世の画壇とは無縁、一貫して写実を追求していた野十郎と、ロープシンの『蒼ざめた馬』の翻訳で知られる著者は、どこで接点を持ったのでしょう。

1954年、大学院生だった著者は、友人と出かけた秩父山中のバス停で、スケッチブックを抱えた背広姿の紳士と言葉を交わします。そのひと月後、上野のルーヴル美術館展の長蛇の列に並んでいると、入口からあの紳士が。お互いに気づいて笑顔であいさつをしたものの、それだけの縁だったのが、翌年の春、今度は渋谷のゴヤ展で再会。画家がアトリエに誘ったことから、長い交流が始まったのでした。画家は真顔で、「これはもう運命だよ」と言い、著者もまた、「見知ったばかりの人物とたてつづけに三度遇うという体験は、生涯を通じてこのときだけだった」と洩らしています。

野十郎は1975年に千葉県野田市の老人施設で死去しています。享年、八十五歳です。それから五年後、福岡県で、「近代洋画と福岡県展」が開催されました。その準備中、ひとりの学芸員が野十郎の《すいれんの池》に目をうばわれ、「主観性を排除した清明さ」に強烈なインパクトをうけたことから、のちに髙島野十郎展を企画。ほぼ無名に近かった画家の名前は一挙にひろがって、多くの愛好者を得るようになったのです。蝋燭の炎を三十枚も四十枚も描き、非売品として縁のあるひとに渡しつづけたひと。生涯独身。死の間際、「自分は本当はだれもいないところで野たれ死にをしたかった」と涙したひと。その内面に迫った一冊です。

『過激な隠遁 髙島野十郎評伝』 川崎浹著 求龍堂 2008年
資料番号:22224620 請求記号:723.1/1003 OPAC検索

(県立図書館:猫(ぬいぐるみ)の名前は紬ちゃん)

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