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本の表紙画像(『エリザベスの友達』村田喜代子著)私自身が身内の「介護」や「認知症」を意識する世代になりました。この小説は認知症を扱っていますが「認知症」=「不幸」ではなく、自分が生きた時代を反芻する人たちの心の景色を見るようで、不思議な安らぎや豊かさを感じることができました。

老人ホームで暮らす97歳の認知症の初音さん。初音さんを思いやる娘の満州美と千里。同じホームの乙女さん、牛枝さんも初音さんと同じ時代を生きぬいた認知症の人たち。皆、心は十代を自由に行き来しています。
満州美は認知症の人たちを、テレビで見た断崖絶壁に張り付く山羊に例えます。「まとまらず、自分だけの断崖にたった一人で張り付いている。滑落しそうでも全然堕ちなくて、助けに行けない場所に引っかかっている」と。

娘たちは「二十歳の時代」を生きる初音さんの心に触れたくて、初音さんが二十歳の頃のアルバムを開きます。初音さんは新婚時代を天津租界で過ごしました。天津租界は戦時中なのに華やかな国際社会、満たされた特別な場所。日本人の友人たちと、外国人名の愛称で呼びあい心を通わせる日々。今でも友人たちは、窓から無邪気に顔をのぞかせて遊びに来ます。老人ホームの裏戸を通り抜ければ、あの天津なのに・・・。そして天津を舞台に、出会っていないはずの愛新覚羅溥儀の妻・婉容との人生が錯綜します。婉容の愛称は「エリザベス」。「エリザベス」は、著者が執筆の契機となった「もう誰も 私を名前で呼ばぬから エリザベスだということにする」松本由利子さんの短歌と重なっていきます。

女手一つで田畑を守り、八人の子供を産んだ乙女さんは、90歳を過ぎてもなお陣痛に苦しみます。牛枝さんは、戦争中に供出した美しい眸の三頭の馬と語らい、やがて馬たちに伴われて穏やかに旅立ちます。
満州美や千里のように、老いた親に心を寄せられる娘でありたいなぁ、作中の「ひかりの里」のように温かい心根の職員さんのいるホームはいいなぁ、でも現実は??
端正な表現も大変に心地よいです。娘たちが母親を「初音さん」と呼ぶ距離感も素敵です。人生100年時代を意識する現代の緊張感を少し緩められたような気持ちになりました。

『エリザベスの友達』 村田喜代子著 新潮社 2018年
資料番号:23065832 請求記号:913.6/3889 OPAC検索

(県立図書館:ねむりねこ)

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