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『あん』ドリアン助川著 ポプラ社 2015年 資料番号:22974935 請求記号:913.6/3818 OPAC(所蔵検索)

表紙画像 数年前に公開された映画を見たのが、この小説を読むきっかけでした。

どら春というどら焼き屋が舞台の、老女徳江と、雇われ店長である千太郎の物語です。

店で働かせてほしいと頼みに来た徳江を、最初はいぶかしげに思っていた千太郎でしたが、50年の経験があるというので、あん作りのためだけに雇うことにしました。徳江の丁寧に小豆に向き合う姿、そしてそこから生み出されるあんの魅力に惹かれ、千太郎は、内心では面倒なことになったと思いながらも、彼女につられるように、真剣に仕事に取り組むようになります。そして、徳江が作るあんのおかげで、次第に店は繁盛していきました。





しかしそれも長くは続かず、やがて徳江に関する噂が流れることによって、客離れが始まります。その噂とは、彼女がハンセン病の元患者であるということです。すでに完治しているにも関わらず、現在も療養所で暮らしていることや、手指や顔の変形など外見上の後遺症から広まったよからぬ噂です。客足が遠のいた原因が自分にあると悟った徳江は自ら仕事をやめ、次第に体調を崩し、これからも彼女からたくさんのことを教わりたいという千太郎の願いも、叶わぬこととなってしまいます。

物語には、徳江がこれまで送ってきた自身の生涯について語る場面があります。その言葉から、ハンセン病という病自体の辛さ、苦しさに加えて、社会から隔離され、差別的な扱いを受け、それが家族にまで及んでいたという、想像を絶する状況だったことがわかります。そのような状況に置かれても、彼女は自分の居場所、すべを探しながら生き抜いてきました。そんな徳江と出会い、短くも濃密な時間を彼女と一緒に過ごしたことが、千太郎の考え方や生き方に大きな影響を与えていくのです。

「世間がって・・俺は他人事のような言い方をしたけど、今度のことで言うなら、世間よりもっとひどいのは・・俺なんだ」という千太郎のセリフがありますが、この言葉は、自分にも突き付けられたようで、ドキッとします。私も千太郎同様、ハンセン病についてよく知らなかった一人ですが、本書がきっかけで、この病の歴史や療養所内での生活について知りたいと思うようになりました。正直なところ、現実を知れば知るほど、その壮絶さに後ずさりしたくなるのですが、一方で、徳江のような元患者の生き様が心に染み入り、励まされる自分もいるのです。読み終えた後には、どら春のどら焼きを片手に、もう一度『あん』を読み返したい、そんな気持ちになるような一冊です。

著者のドリアン助川は、『ハンセン病 日本と世界』に、「小説『あん』の顛末 座布団一枚分の居場所」と題して、本書を書くことになった動機や経緯、書き始めるに至るまでの彼の心の葛藤などについて寄稿しています。こちらもぜひ読んでみてください。

(県立図書館:ほうじ茶とご一緒に)