「2021年10月24日(日曜日)開催 文字・活字文化の日記念イベント Books A to Z in Library 「わたし」と「あなた」の間に」の様子をテキスト版でご覧いただけます。
1.はじめに
今日はFM横浜で担当していた「Books A to Z」という本の紹介番組の図書館バージョンということで、たくさんの本をご紹介したいと思います。実は、去年もこの神奈川県立図書館で本の紹介をさせていただきました。去年はコロナの不安があったのですが、30人くらいの方にお集まりいただいて、席は離れる感じで座っていただいて、対面でお話をさせていただきました。一年前は漠然とぼんやりと、もし来年もこのような企画があって、私がお話をさせていただけることがあったら、一年後だから、普通の距離で、皆さんと直接顔を合わせて話ができるかなと思っていたのですが。ワクチンの接種をしたとはいえ、なかなかそう早くはいかないものだなと思っています。ただ、明日から普通にお店が営業できるとか、お酒の提供もできるようになるという話も聞いているので、だんだん日常に戻りつつあるのかなとは思います。
こうやってZoomで皆さんにお話をさせていただいているのは、私と皆さんの間にコロナウイルスの不安があるからです。そこにはどうしても距離があります。この状況を今年はテーマに使ってみようと思いました。今年のテーマは「『わたし』と『あなた』の間に」です。私と皆さんの間には物理的な距離があると申し上げましたが、みんなこの一年持ちこたえてきましたよね。私と皆さんの間、それから皆さんと皆さんの近しい人たちの間に、お互いへの労いの気持ちがあるのではないかと思います。この「わたし」と「あなた」ですが、本を介在させるといろいろな当てはめ方ができるなと思いました。
簡単な図なのですが、画面の共有をしてみたいと思います。皆さん図が見えますか。簡単なWordの絵ですが、「私」というのはもちろん自分自身でも良いし、その本を読む読者としても良いし、それから本を読んでいる時は自分が物語の主人公や本の中の登場人物になったような気持ちになることがあります。ですから、「わたし」を解釈すると、こんな風な解釈ができるのではないかということ。そして「あなた」というのも、特定の個人でも良いし、書いている著者の事でも良いし、先ほど主人公の気持ちになると言いましたが主人公以外の登場人物でも良いし、本という物体そのものでもいいと思っています。つまり、自分と本、自分とほかの誰か、主人公とその他の登場人物、いろいろな組み合わせが考えられます。その間に何があるのかということを考えながら、今日はご紹介していきたいと思います。
去年、この県立図書館で本を紹介した時は、ここ1、2年ぐらいの間に紹介された本を中心に7作をご紹介したのですが、今年は、せっかく神奈川県立図書館という場所からお送りするので、簡単に手に入らない本というか。私はFM横浜の番組でも言ってきたのですが、本はいつも手に入るわけではないです。昔は本屋さんに行けばたくさん本があるのだから、本屋さんの本棚に行けば手に入ると思っていたのですが、本の売り出される寿命はすごく短いです。例えば、村上春樹さんとか、東野圭吾さんとか、宮部みゆきさんとか、そういった方の本は注文すれば手に入ることが多いです。でも、例えば芥川賞や直木賞を昔受賞した本を読んでみたいと思って本屋さんに行っても、取り寄せはできないと言われることが多いです。大きな賞を受賞した本でさえなかなか手に入らないくらい、本は、毎日たくさん発売されています。今日は、手に入りやすい本ももちろんご紹介しますが、図書館だと借りられる本、普通の本屋さんだとなかなか買えないかもしれないけれど、図書館でなら読める本というものも紹介していきたいと思います。そして新しい本、古い本、色々と取り混ぜてご紹介していきます。
2.私たちの星で
「「わたし」と「あなた」の間に」というテーマにしようと決めたとき、真っ先に思い浮かんだ本から紹介していきたい。作家の梨木香歩さんと文筆家の師岡カリーマ・エルサムニーさんの手紙のやり取りの本『私たちの星で』です。岩波書店から2017年に出版されています。
「ステイホーム」という言葉が定着してから、私たちの生活の中でSNSの領域が大きくなった気がしています。ワクチン接種に関する情報など、参考になる、役に立つ情報を取りに行く手段となりました。Twitterのタイムラインを見ていると攻撃合戦を目にします。文字でなら相手に唾を吐きかけても殴ってもかまわない、と思っているらしき人がいるなと思うようになりました。面と向かっているわけではないから怖くない、と思っているのか。SNSというものは、アカウントの後ろに人の肉体があるということを忘れさせるツールなんだ、と思いました。対話や議論というのは悪意のないところでしか成り立ちません。相手をいかに侮蔑するかを競い合っているかのような、冷笑とか嘲笑のやり取りを見ていると、そうすることで気持ちが晴ればれする人もいるのかもしれないのですが、相手を論破したと勝手に思って悦に入っている姿を多くの人にさらしているという事実が見えなくなっているのかもしれないと思います。誰かと言葉を交わすとき、その二人の間に「敬意」「尊重」「礼儀」「関心」そういうものがないと虚しい。その文字を入力したスマートフォンを離れてからも嫌な気持ちが持続するということがあるのではないかと思います。そのことを逆の形で思い出させてくれたのが『私たちの星で』という本です。
梨木果歩さんは『西の魔女が死んだ』など多数の著作がある作家、師岡カリーマ・エルサムニーさんは母親が日本人、父親がエジプト人の方であり、新聞でコラムを書き、大学でアラビア語を教えている方です。この本には、二人が交わした20通の手紙が収録されています。手紙を交わすようになったきっかけは、梨木さんによる「ムスリムの方と手紙を交わしたい」というリクエストであり、2015~2016年にかけてやり取りされたものが収められています。
カリーマさんから梨木さんへの手紙に、「日本で幼稚園に通っていたころの思い出」について書かれたものがあります。友達の家に遊びに行ったら、たまたまその子のお父さんがいた。その時、「わぁ、このうちはお父さん、お母さん、二人とも日本人なんだ。それってとっても生きやすそうだわ。と思った」という部分があります。5、6歳の頃に「生きやすそう」という言葉は自分の語彙にはなかったと思います。今は多様性が謳われる社会になっていますが、自分と異なる人を排除しない心の装置をどうやって手に入れることができるのか。そのような大きなテーマを背景にしながら、お二人のルーツや、幼いころの思い出話や、忘れられないエピソードが披露されているというところが、この本のとても楽しいところです。お二人にとっての富士山の話、梨木さんのイギリスヒースロー空港での体験談も面白いです。そして食べ物の話では、カリーナさんが自分にとってのおふくろの味は「ロシア風にアレンジされたタタール料理」だったと書いています。日本人とエジプト人が御両親とのことから、おふくろの味は日本かエジプトの味かと思いますが、その理由が明かされる部分ではとてもびっくりしました。
そして、カリーナさんは「文化はそれ自体が重層的に融合した異文化の結晶だ」と言っています。文化とは最初にあった姿のままで持続しているわけではなく、それに関わって来た人々の意思や関心などが積み重なって今の形になっており、それ自体が重層的に融合した異文化の結晶であると思います。そして、姿を変えていくものでもあると思います。お互いの間に敬意を挟んだ言葉のやりとりの中に、美しさが感じられる一冊です。本屋さんでも手に入るかも知れませんが、図書館でもぜひ探していただきたいと思います。
14.おわりに
最後に、ちょっと皆さんにお伝えしたいことは、去年、この県立図書館で30人の方の前でお話をした時に質問をお寄せいただいて、その場でお答えしたのですが。その時に、ある方が、「生きていてもいいと思える本はなんでしょうか」という質問をお寄せくださったのです。その時、私は何か思いついたことを答えたと思います。だけどこの一年、何かの時にその質問を思い出していました。
私自身も「生きていてもいいと思える本」ってなんだろうと思ったのですが、ちょっと本とは離れるかもしれないのですが、ゲームとか、続きが楽しみなドラマとか、好きなユーチューバーが居るとか、アニメとか漫画とか、それから何か作ることが好きだとか、何でもいいと思うんのですが、この先の時間で自分の好きなものを見たい、聞きたい、何かがしたい、と思える好きなものがあるとしたならば、その好きなものが、自分に生きていていいって言ってくれていることだと思います。私は本が好きなので、誰か好きな作家さんの新しい本が発売されたら読みたいと思うし、そうでなくても本屋さんに行って読みたいと思った本があって、それを開いて、これは明日も読みたいと思ったら、それが私を明日も生きていていいって言ってくれてるってことだと思うようにしています。生きる意味なんて、小さくていいんです、と今、私は思います。
誰かのためにとか、何かのためにとかということもあったら、それはもちろん、すごく素晴らしいのですが、残念ながら、少なくとも今の私には無いです。自分を楽しませてくれるものだけが自分を生かしてくれると思っています。ですから、そんな気持ちでね、いろんな自分の好きなものを探して増やしていって欲しいと思います。
去年、その質問をしてくださった方が、今、この私の回答を聞いてくださっているかどうか分からないのですが、そんな風に思っていただければいいなと思っていますということで、今日の私の話を終わりたいと思います。皆さん、長い時間お付き合いくださいましてありがとうございました。