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講演の様子 2016年度より開催している「公文書からさぐる地名のふしぎ」は、受講された皆様から大変好評をいただき、今年度で4回目となりました。今回も、神奈川県立公文書館前資料課長・齊藤達也氏を講師に、県内の地名に関する興味深いお話をしていただきました。

今年は横浜開港から160年目にあたる節目の年です。今から160年前の1859年、開港に伴い「神奈川奉行所」が設置されました。神奈川奉行所は、横浜裁判所→神奈川裁判所→神奈川府と改められ、さらに神奈川県に改称されました。
神奈川奉行所の跡地には現在、当・神奈川県立図書館や音楽堂、青少年センターが立地しています。講義の導入として、私たちが現在、「神奈川県」と呼んでいる地域は、廃藩置県の際にどのような変遷をたどってきたのか、また、「旧武蔵国」と「旧相模国」の境界等について、解説されました。

今回の講座では、来年に控えた東京オリンピック・パラリンピックに着目し、前回の東京オリンピック・パラリンピックが開催された1964年前後の地名、地番表示に関する話題にも触れました。
1953年の「町村合併促進法」および1956年の「新市町村建設促進法」により、国内の市町村数は、1953年~1961年にかけて、従来の約3分の1まで減少しました。神奈川県内でも、それまで116あった市町村数が39まで大幅に減少しました。また、1962年に施行された「住居表示に関する法律」により、それまで「××町〇〇〇番地」と表示されていた地番は「××〇丁目〇〇番〇号」のように変更されたそうです。

講座の最後に、齊藤講師は「気になる地名」と題して、3つのトピックスを挙げられました。その1つに、箱根町の「大涌谷と小涌谷」の事例があります。大涌谷、小涌谷は明治時代初期に「大地獄、小地獄」と称していたそうです。1873年、明治天皇皇后の行幸啓に際し、「地獄」という名称では体裁が良くないため、「大涌谷、小涌谷」に改称された、とする説もあるそうですが、実際には明治天皇皇后の行幸啓後、明治天皇の指示によって改称されていたことが、当時の記録に残されています。地名は私たちの暮らしに密接した身近な存在であるからこそ、実際とは異なる説が流布してしまうこともあるようです。齊藤講師は、公文書等に残されている記録を丹念に検証し、後世に残していきたいと話されていました。
受講された方からは、歴史を語り継ぐことの大切さや「公文書館にぜひ行きたくなった」等のご意見をいただきました。

これからも県立図書館では、多くの皆様に楽しんでいただける講座を企画してまいります。今後とも、県立図書館のご利用をよろしくお願いします。

(県立図書館 地域情報課:講座担当)