日時・会場
平成31年3月14日(木曜日) 14時00分から16時00分 於:県立川崎図書館 カンファレンスルーム
アドバイザー紹介
アドバイザー:明治大学文学部教授 青柳 英治 氏
筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(図書館情報学)。
現在、明治大学文学部 専任教授。
図書館専門職員の人的資源管理、専門図書館のサービス活動と管理運営等を研究テーマとしている。
主な著作に
『専門図書館の役割としごと』(共著編、勁草書房、2017年)、
『ささえあう図書館:「社会装置」としての新たなモデルと役割』(編著、勉誠出版、2016年)、
『専門図書館の人的資源管理』(単著、勉誠出版、2012年)等がある。
概要 テーマ:「公開型専門図書館のサービスと人材育成」
1. レクチャーの趣旨
この度のレクチャーは、公開型専門図書館のサービスと人材育成の状況の紹介を通して、県立図書館、県立川崎図書館の運営ならびにサービスの充実に資することを目的とする。質問紙調査等から得られた結果を中心に、具体的に提示したい。
2. 移転後の神奈川県立川崎図書館
2.1 現状
『図書館雑誌』2019年2月号に掲載された県立川崎図書館古根村事業部長による報告「神奈川県立川崎図書館の移転後の状況について」を参照し、現状を確認する。県立川崎図書館は「ものづくり技術を支える」機能に特化した専門的図書館として、技術者・研究者、ビジネスパーソンを主な対象にサービスを提供している。一般的な公立図書館よりも学会誌、講演論文集等が充実しており、公共図書館では全国初となる電子ジャーナルのポータルサイトも導入している。
また、ものづくりに関する内容の展示を開催し、関連した講演会を実施している。児童向けの「科学実験教室」、成人向けの「大人の理科教室」等も開催しており、こうしたイベントは、利用者に図書館のサービスを知ってもらうための機会として重要である。
2.2 課題
県立川崎図書館の課題としては、入館者数、貸出冊数、レファレンス件数等が移転前よりも減少したことが指摘されている。移転後に実施したアンケートによると、利用者の約7割は移転後の新たな利用者であり、また、「調査研究を行うため」という明確な目的をもって来館する人が多いという特徴も明らかとなった。
誰もが気軽に利用でき、入門レベルからものづくり情報を入手できる専門的図書館を目指すとのことであり、この度のレクチャーの内容が課題解決のヒントになれば幸いである。
3. 公開型専門図書館のサービス
3.1 機関種の概略
『専門情報機関総覧2018』(専門図書館協議会)の統計表をもとに、機関種の概略、サービス内容を紹介する。
統計表の調査対象は「公開の状況」を「一般公開」「限定公開」とした機関である。「限定公開」とは、登録、会員制、要問合せ等の条件を付して公開していることを示す。一般公開991、限定公開475、合計1,466という機関数が、調査の母数となる。あくまでも、この資料に掲載された情報を根拠とした内容となるが、現時点では専門図書館の悉皆調査は困難であり、『総覧』を根拠とすることは妥当であると判断できる。
「機関種の区分」を見ると、「大学・大学院」「美術館・博物館」「公益法人」「国(政府)関係機関」の4機関種で全体の72.7%を占める。その他には「地方議会・地方自治体」「公立図書館」「民間企業」等がある。「公立図書館」が含まれることが意外かもしれないが、特定のテーマを扱う図書館がここに入っていることによる。
調査項目「重点収集資料」では、統計、地図、点字、社史、郷土資料等の24項目からの複数回答の結果、「郷土資料」「研究報告書」「行政資料」「統計」等の割合が大きかった。「郷土資料」の選択が最も多いことについては、公立図書館が含まれていること等が影響していると考えられる。その他の結果については、専門図書館らしい重点収集資料であるといえるだろう。ちなみに、県立川崎図書館は「社史・年史」「研究報告書」「規格・標準」の3点を選択していた。
調査項目「契約データベース」では、38項目からの複数回答の結果、「CiNii」「Science Direct」「日経テレコン21」「Springer LINK」等の順に選択が多かった。「CiNii」を契約データベースとすることに違和感があるかもしれないが、文献を取り寄せる際にはIDやパスワードが必要になるという点から、広い意味で契約データベースと判断できるだろう。2番目に多く選択されている「Science Direct」は、理工系の学部等をもつ大学での契約が多いことが反映された結果と考えられる。
3.2 サービスの内容
専門図書館のサービスは、大きく内部利用者向けと外部利用者向けに分かれる。「外部利用者向けサービス」についての調査では、複数回答の結果、「レファレンスサービス」「受け入れ資料案内」「代行検索」「有料DB利用」の順に選択が多かった。「代行検索」「有料DB利用」は、専門図書館らしいサービスといえる。
調査項目「利用者への案内・PR方法」では、複数回答の結果、「ホームページ・イントラネット」「案内・掲示」「パンフレット・チラシ」等の選択が多かった。「利用ガイダンス説明会」として、有料データベースの使い方を一般利用者にレクチャーするということもよく行われている。
3.3 サービスの特徴
2018年7月に、専門図書館のサービス状況を把握するための質問紙調査を実施した。調査対象は70機関とし、公益法人、美術館・博物館、国(政府)関係機関、大学等の61機関より回答を得た。調査対象の抽出基準は比較的活発にサービス活動を展開している機関とし、すべて公開型で、大半が無料公開をしている。基本情報、概要、コレクション、サービス等についての調査の結果、つかめた傾向と見出せた特徴9点について紹介する。県立川崎図書館においても参考になることがあると思われる。
1 設置機関(親機関)の刊行物を取りそろえ、寄贈等による貴重書コレクションをもつ
たとえば、防災・減災にかかわる専門図書館では、所蔵資料をデジタル化して、アーカイブとして公開している。
2 研究報告書、パンフレット、チラシ等のグレイリテラチャーを収集して公開する
たとえば、労働問題にかかわる専門図書館では、運動団体が発行したパンフレット類、内部文書等の各種資料と博物資料などの貴重な歴史的資料を所蔵・公開している。資料の独自性において、公開の意義が大きいと考えられる。
3 資料へのアクセス手段の確保に重点をおく
利用を促す手段として、独自分類を導入しているところが多く見受けられる。たとえば、食にかかわる専門図書館では、独自分類による排架を行っており、NDCにこだわらず図書館の蔵書構成にあった分類を導入している。また、江戸時代の浮世絵師を取り上げた美術館図書室では、図書や雑誌だけではなく、展覧会図録等の独特な資料区分の横断検索を可能とするシステムを構築しており、特徴的なコレクションを探しやすくする工夫が見られる。さらに刑事政策にかかわる団体の図書館では、収集している雑誌に掲載されている記事検索がOPACで可能であり、扱うテーマについて資料の種類を問わず検索が可能となる有用なシステムである。
4 所蔵資料の活用・紹介を目的とした企画展やイベント(テーマ設定の上、図書展示、ポスター・パネル解説等)を行う
事例として、カメラと写真にかかわる博物館のライブラリーで行っている「収蔵資料展」がある。ただ資料を展示するだけではなく、専門家を招いてトークショーも行っており、博物館に図書館が絡む工夫がされている。また、文化交流にかかわる機関のライブラリーでは、ミニ展示「今月の貴重書」を行い、所蔵する貴重書の展示を定期的に実施している。ホームページ上で資料の解説も公開し、来館を促すような情報を提供している。
5 設置機関(親機関)が行うイベントや企画等と連携して図書展示等を行う
地域住民や、設置機関が扱うテーマに興味がある人々を対象としたイベントとの連携である。極域科学研究にかかわる研究所図書室で行う「一般公開展示資料」などは、施設に親しみや関心を持ってもらうイベントの一環として、図書館も参画するスタイルである。
6 利用者同士の意見交換、交流といった『場所』の提供や創出の役割を果たす
県立川崎図書館のカンファレンスルームで開催するイベントと、同様の観点によるものである。事例として、観光にかかわる専門図書館で開催されている「たびとしょCafe」がある。交流の場を提供することが目的であり、人との交流、情報の交流という観点を意識し場所を提供している。また広告にかかわるミュージアムには、ライブラリーの中に交流スペースがあり、人を資料として貸し出す「ヒューマンライブラリー」等のイベントを行っている。
7 設置機関(親組織)の創設者に関わる資料を収集している
企業系の図書館に顕著にみられる特徴である。起業の創設者が財団を設立し、文化活動の観点から資料や情報の提供を行うというものである。事例として鉄道と興行を中心とした起業家にかかわる財団の図書館では、ウェブ上にアーカイブズを構築し、当該起業家に関する資料、興行ポスターなどを公開している。
8 児童向けの図書をそろえている機関が多い
県立川崎図書館は入門書として子ども向けの本を所蔵しているが、専門図書館では意外に児童向けの資料を所蔵しているところが多く見受けられる。活用方法までは十分に把握できなかったが、扱うテーマについて、幅広い世代に親しんでもらい、図書館を利用してほしいという意図があると考えられる。自動車と繊維産業にかかわる博物館図書室では、図書館員が選んだオススメ本の中から子どもたちが好きな本に投票するイベントも実施しており、子どもを意識した取組みを行っている。
9 調べ学習での利用、夏休み期間に子供向けイベント(自由研究のテーマに役立つ図書展示、工作教室、相談窓口開設)を行う
大阪の歴史にかかわる博物館図書室の「夏休み子ども特集」や、野球にかかわる博物館図書室の「野球で自由研究!」等、子どもを対象とした展示やイベントを実施している機関がある。親子連れの来館、利用拡大というねらいが含まれていると考えられる。
4. 公開型専門図書館の人材育成
4.1 人材育成の状
さまざまなサービスを実施していくのは図書館員であり、その人材をどのように育成していくのかは重要な課題である。『専門情報機関総覧2018』(専門図書館協議会)の統計表をもとに、人材育成に関わるデータを紹介する。
「所持していると望ましい資格など(複数回答)」では、「司書資格」が最も多い。これは、専門図書館を包括する資格が存在しないため、代用されているためと考えられる。「検索技術者検定」は、情報科学技術協会が実施している検定試験である。
「OJTとOff-JT以外の訓練状況(複数回答)」では、「とくに行っていない」が73.1%、「研修プログラムを行っている」7.8%であった。行っている研修の内容としては「図書館業務に関わる特定の知識・技術を修得する研修」「親組織で行う階層別研修」等が多かった。専門図書館が行っている研修は、外部研修を取り込んで、必要の都度、実施しているものと考えられる。
4.2 人材育成の基礎調査
2015年4から5月の期間に、専門図書館839機関の管理業務を行う職員(実務を行う管理者も含む)を対象に人材育成の基礎調査を実施し、508機関から回答を得た。有効回答数は376機関、有効回収率は44.8%であった。その結果を報告する。
「Off-JTの実施状況(正規職員対象)」では、約4割の機関が「実施している」と回答し、実施している研修の種類別では、複数回答で「専図協主催の各種研修」「図書館関係団体主催の研修会」「NDL主催の各種研修」「専図協主催の全国研究集会」の順に多かった。
「人材育成上の問題点(正規・非正規職員対象)」では、約6割が「問題あり」と回答した。問題の内容は「人材育成の時間がない」「指導する人材が不足している」「予算がない」であり、人材育成のために投資する時間と資金が不足している現状が表れている。人材育成は直接的に利益を生み出さないため後手に回りがちであるが、人材への投資は安定的に提供されるべきである。
「自己啓発に対する支援」では、「支援している」41.5%、「支援していない」28.7%であった。支援している場合の内容としては「研修会等の情報提供」82.7%、「受講料等の金銭的支援」48.1%、「就業時間の配慮」22.4%等があった。自らの知識や技術を高めるために努力をする人を支援する何らかの仕組みが存在しているということは、中長期的にみれば図書館運営に対する貢献になると考えられる。
「能力評価(正規職員対象)」では、「実施している」21.0%、「実施していない」50.3%であった。実施していると回答した中では、「問題あり」30.4%、「問題なし」48.1%であった。問題の具体的な内容(正規・非正規職員対象)として「公正な評価項目の設定が困難」「共通する能力評価の基準が未整備」「評価内容にばらつきが出る」等が指摘されている。これらの問題点の解決方法として、専門図書館員に求められる知識・技術を明らかにし、研修等を通してそれらを習得し、その成果としてどのような職務の遂行が期待されるのかを明らかにしていくことで、能力評価の項目を設定することにつながっていくと考えられる。
2014年に専門図書館協議会の委員会において、専門図書館員のための認定資格制度設立に向けて「専門図書館員に求められる知識・技術と遂行が期待される職務上の成果」を検討した。その5項目を紹介する。これらの項目は、人事評価を行うにあたり成果の評価項目や、個別の職務上の成果を検討する際に参考になると考えられる。
1 すべての主題分野に共通し基盤となる知識・技術
例:機関リポジトリの構築、オープンアクセス環境の整備、コンソーシアムへの加盟
2 資料・情報の提供に関すること
例:著作権・知的財産権の遵守、蔵書構築、資料・情報の組織化、高度な検索技術
3 資料・情報の発信に関すること
例:ホームページやSNSを活用した情報発信、データベース構築
4 情報リテラシー教育に関すること
例:施設や契約データベースの利用方法の説明、資料・情報の探し方ガイドの作成、パスファインダーの作成
5 専門情報機関の価値向上に関すること
例:管理運営(予算・企画・人材育成など)、PR・広報、サービス評価、企画書・報告書の作成
5. まとめ
公開型専門図書館の状況を紹介したが、次の3点を検討することで、今後の県立図書館、県立川崎図書館のあり方を考える上で、参考になるのではないだろうか。
1 ものづくり情報を提供するには、どのようなサービスが考えられるか
2 そうしたサービスを提供しうる人材をどのように育成すべきか
3 図書館員に求められる知識・技術、遂行が期待される職務はなにか
【質疑応答】
Q. 専門図書館は電子ジャーナルやデータベース等の状況の変化が激しい環境である。そのような環境における人材育成をどのように考えるべきか。また、職員としては異動等を考えて、どのような準備をするべきか。
A. キャリアパスという点から考えると、さまざまなタイプの異動があると考えられるが、できるだけ図書館に関わりがある中でキャリアを構築することが望ましいだろう。その中で司書の知識や技術を高めていく制度が構築できれば、そのような課題は解決できるのではないかと思われる。あとは、自助努力になるのではないだろうか。
Q. 青柳先生が実施された専門図書館のサービス状況を把握するための調査では、「比較的活発にサービス活動を展開している機関」を対象としたとのことだったが、この選択基準について教えてほしい。専門図書館は評価が難しいため、調査対象の選択基準が評価指標の参考となるのではないかと思われる。
A. 調査対象の選択を厳密な条件に基づき実施した調査ではないが、サービス活動において「積極的にウェブ等で情報発信をしている」「資料を公開する等、対外的な活動を多くしている」図書館を対象とした。そのような取り組みの結果として、メディア等の媒体に取り上げられる機会が多くサービスがわかりやすいということが言える。図書館側からの積極的な外部への情報発信と、それらの情報受信の関係が選択基準といえる。
以上