日時・会場
平成31年2月14日(木曜日) 14時00分から16時00分 於:県立図書館新館4階セミナールーム
アドバイザー紹介
アドバイザー:日本女子大学文学部准教授 大谷 康晴 氏
慶應義塾大学大学院文学研究科図書館・情報学専攻修士課程修了。同博士課程満期退学。
青山学院女子短期大学 専任講師(2001年から2005年)、助教授(2005年から2006年)、 准教授(2006年から2010年)、日本女子大学 准教授(2010年から)、日本図書館協会理事(2017年から)。
図書館の養成教育と継続教育のあり方、公共図書館員の認定制度、図書館の政治的経済的分析等を研究テーマとしている。
主な著作に『新しい時代の図書館情報学』(共著、有斐閣、2016年)、
『図書館情報専門職のあり方とその養成』(共著、勉誠出版、2006年)等がある。
概要 テーマ:「図書館員のキャリアと県立図書館」
図書館員のキャリアとは、図書館における専門的な職員である司書の専門性を、どのように高めていくかということである。 司書に求められる資質や能力については、昔から多くの論議があり、キャリア観についての対立は大きかった。 とくに司書資格を取得した時点で司書としては完成しているという考えと、そうではなく、資格取得後も学んでいくものであるという考えがあり、歴史的には前者の考えが根強かった。
また、現在の司書養成課程にも実践的な内容が多く、図書館の歴史や意義についての講義は少ない。 だが、図書館員としてのキャリアを全うしたいのであれば、未来における図書館の意義や社会的役割についても図書館員が考える必要がある。 こうした対立の結論として、文部科学省の検討協力者会議の報告は、「司書に必要な資質・能力は、司書資格を取得した後、図書館の業務経験や研修およびその他の学習機会等による学習等を通じて、徐々に形成されていくもの」と述べている。 つまり、資格の取得はスタートラインであり、司書としてのキャリアには、その後の自己研鑽が重要になるとしている。
では、司書の能力・資質とは何だろうか。それはその時代の図書館観に大きな影響を受けており、読書指導の時代には、利用者に対して指導を行う教育者としての資質を求められた。 その一種のアンチテーゼとして、「市民の図書館」では、匿名的に利用者を支える高度な技術者や、利用者からの要求に即応できる存在というイメージに変わっている。 しかし、これからの都道府県立図書館では、あらためて指導者や教育者としての要素が必要なのではないか。 それは、かつてのように上から啓蒙するといったものではなく、利用者を支えるトレーナーのような役割である。 都道府県立図書館においては、図書館員が匿名的な技術者としてふるまうだけでは、支持を集めにくい。 図書館員の個性がもう少し前に出てもいいのではないか。匿名・無個性であることは、他に代替されやすいことにつながり、ひいては自分の価値を下げることになり、図書館員が生計を立てることが困難であることの一因になりかねない。 図書館員がそれぞれの個性・能力を前面に出せば、「この人ならばこういったことを熱心に調べてくれる」といった風に、利用者からの思い入れも深くなる。 そこから考えると、図書館員に必要なのは、替えがきかない能力であると言える。たとえば、判断を伴う業務に関する能力や、図書館としての意思決定に関する能力である。
「キャリア」といった際に、キャリア論においては、職務経歴よりも仕事上での自己イメージやアイデンティティに重点が置かれている。 一般に、キャリアとは当初は「筏下り」であり、次には「山登り」であると例えられる。 はじめは、次々に来る新しい仕事をなんとかこなしていくが、だんだんと力をつけていくにつれ、仕事に慣れ、楽にこなせるようになる。 この段階で、生涯をかけて登りたい山、つまり専門領域を選び、その専門知識を自主的に身に着けていくことになる。この山登りに楽な方法はなく、自分できっかけを掴むことが必要である。
きっかけは偶発的なことも多いが、ただ機会を待つだけではなく、自分から情報を集め、関わっていくことも重要である。 たとえば、図書館関連雑誌を見る、図書館に関するニュースを収集する、イベントや団体に参加する、リカレント講座や大学院で学ぶなどの方法がある。 図書館のニュースを収集するうえでは、Google Alertの登録が便利である。「図書館」などのワードを含む記事が配信されるように登録しておくと、ほぼ毎日、何らかのニュースが送られてくる。 このような手がかりを使いつつ山を登っていくと、今度は自分が情報を発信する側になり、最終的には、どこかの誰かが教えてくれるということはなくなり、自分でキャリアを作っていくことになる。 そういった時の目安として、日本図書館協会の認定司書制度がある。これは実務経験、実践的知識、技能を継続的に習得した司書を、日本図書館協会が認定する制度である。
最後に、都道府県立図書館として行う研修についてお話しする。何らかの資料・情報を収集し、組織し、保存し、提供する社会的機能は、文明には不可欠なものであって、図書館の機能が社会から失われることはない。 だが、現代的な形態の図書館がずっと続くとは限らない。したがって図書館の機能を果たすための人材は必要だが、その育成には、ただ現状に合わせるだけではなく、長期的な観点が重要となる。
研修事業の課題については「図書館職員を対象とする研修の国内状況調査(図書館調査研究リポート NO.5)」が重要な指摘をしている。 この調査では、「研修」という言葉には二つの概念が存在していると述べており、一つは受講生個人のレベルアップが目的の研修、もう一つは、受講生の背景にいる人たちのレベルアップが目的の研修である。 受講生は前者を求める傾向が強いが、個人のレベルアップにこだわり過ぎても、背景にいる人たちのレベルアップにはつながらず、結果として、研修実施機関に同一のテーマを繰り返し求めるという事態が生まれてしまい、図書館全体のレベルアップに結び付かなくなる。
それを踏まえ、個人のレベルアップが目的の基礎的な研修は常に必要であるが、都道府県立図書館では中堅以上の職員を対象にした研修として受講者の職場に還元できる研修の提供もある程度目指すべきである。 たとえば、企画力を養成する研修や、図書館に対する見識を実際の図書館の活動と結びつける研修などである。実際の例として、研修プログラムを企画する研修がある。どういったプログラムを用意し、どのようなスケジュールで行うかという企画を立案する研修である。
日本図書館協会のような民間団体が実施する研修は、基本的には受講者が私費で受けるため、本人のスキルアップにつながらないとなると、受講料を払って受けようとする人がいなくなってしまう。 一方で、都道府県立図書館主催の研修であれば、公費で受講することになるので、受講生の職場に還元できる研修を提供しやすい。 なお、研修事業の評価には受講者アンケートが直結しているだろうが、アンケートに頼りすぎると、どうしても受講者本人のための研修の評価が高くなる。 研修目的の明確化や、アンケート以外の評価軸を導入することが必要である。たとえば、受講者だけではなく、受講者の所属機関の管理職からの評価を見てみるなどの方法が想定される。 こういった新しい取組みには試行錯誤が必要であるものの、今後の図書館全体のパフォーマンスを上げていくために、都道府県立図書館だからこそできる研修を行っていけば、社会的評価も獲得できるのではないだろうか。
【質疑応答】
Q. 2点お伺いしたい。 まず、お話しいただいた「図書館としての意思決定に関わる能力」には「評価の技術」もあると思うが、社会調査の基本や統計学などについては、司書課程で学ぶ機会がない。 それらについて、図書館員向けの研修の実例などはあるか?
また、都道府県立図書館が提供する研修について、「アンケート以外の評価軸」のお話とあわせて、都道府県立図書館ならではの新たな研修を提供している実例があれば、教えていただきたい。
A. 1点目のご質問について。図書館評価を考える際には社会調査の話が必要となるが、司書課程ではほとんど扱わない。ワークショップ的な研修で学ぶ必要があるだろう。
2点目のご質問については、実際にそういった研修が存在しないので、以前自分達(認定司書事業)で企画・実施したものをご紹介した。図書館司書専門講座の「図書館サービス計画の企画・立案」は、かなり時間をかけて行っており、一つの例になると思う。
Q. 認定司書の紹介をしていただいたが、国内外に類似の事業はあるか?
A. イギリスのCILIPは、制度としてはかなり高度な仕組みである。日本医学図書館協会のヘルスサイエンス情報専門員は、認定司書の制度を作る際にかなり参考にした。その他にも、長野県内での取組や、中国・四国地方の国立大学の認定制度などを把握している。
Q. 海外では、図書館員は大学院まで卒業している人が多いということだが、その方が即戦力だということか?また、日本と海外では、図書館員に求められる資質が違うのか?
A. アメリカは、ある学歴のランクに達しないとその職種に就けないという意味での学歴社会であり、図書館もそういった構図になっている。アメリカの図書館員がライブラリー・スクールの修士レベルのみで構成されているということではない。
また、ライブラリー・スクールの出身者に求められるのは、図書館で上に立つ者としての訓練を受けているかどうかであり、日本人がイメージする「現場で即戦力」とは、多少ギャップがあるだろう。
Q. 世界的にシンギュラリティといったことが問題になっており、図書館も無縁ではないと思われる。将来的には人間の司書の業務が激変するのではないかという懸念があるが、そのあたりのことについて、教育の現場ではどのように教えられているか。
A. 難しい問題である。もし未来が分かっていれば、それに最適化する形でキャリアを積むのが理想的だが、我々が生きている社会の変遷を考えると、ある程度はその場で対応していくしかないだろう。もう一世代経てば、AIが示すことこそがすべてで、それを人間がどう解釈するかという時代になるかもしれないが、高度な判断という要素では、まだ人間が頑張るしかないだろう。そういった部分で、図書館員の価値をアピールしていくしかないのかなというのが、現時点での印象である。
以上