日時・会場

平成30年2月22日(木曜日) 14時00分から16時00分 於:県立図書館本館1階 セミナールーム

アドバイザー紹介

アドバイザー:日本女子大学文学部准教授 大谷 康晴 氏

慶應義塾大学大学院文学研究科図書館・情報学専攻修士課程修了。同博士課程満期退学。
青山学院女子短期大学 専任講師(2001年から2005年)、 助教授(2005年から2006年)、 准教授(2006年から2010年)、日本女子大学 准教授(2010年から)、日本図書館協会理事(2017年)。
図書館の養成教育と継続教育のあり方、公共図書館員の認定制度、図書館の政治的経済的分析等を研究テーマとしている。

【著書】

主な著作に『新しい時代の図書館情報学』(共著、有斐閣、2016年)、『図書館情報専門職のあり方とその養成』(共著、勉誠出版、2006年)等がある。

図書館の養成教育と継続教育のあり方、公共図書館員の認定制度、図書館の政治的経済的分析等を研究テーマとしている。

主な著作に『新しい時代の図書館情報学』(共著、有斐閣、2016年)、
『図書館情報専門職のあり方とその養成』(共著、勉誠出版、2006年)等がある。

概要 テーマ:「可視化される資料選択」

1. 資料選択に関する危惧

1-1.『絶歌』の選択理由に見る脆弱さ

2015年、神戸連続児童殺傷事件の加害者が執筆した本『絶歌』が出版された。この本は遺族の意向を無視して出版されたものとして社会的に大きな話題となった。各地の図書館の『絶歌』の受け入れ状況とその選択理由が多くのメディアにより調査され、207館が何らかの調査で所蔵の有無を回答、うち150館がその理由も回答しており、図書館の資料選択がかなりオープンに公開された事例となった。調査の結果では、社会の注目に対して所蔵する館は少なかった。所蔵していても提供制限が多く、受け入れにかなり慎重であったと言える。所蔵しなかった理由として、遺族への配慮、選定基準外、こどもへの配慮、外部からの意見(市民からの批判・抗議、被害者支援条例)があった。受け入れない理由に選定基準をあげるのは都道府県立が多かったが、資料を入れない理由として基準を利用しているように思える。受け入れた理由としては、通常扱い、「図書館の自由」に言及するもの、図書館資料として所蔵するべきであるという意見があったが、個別の例として最も多いのは市民からのリクエストであった。

この結果から、受け入れるか否かに関わらず、市民の声で決定した館が少なくないことがわかる。市民の声による決定というと、たとえば団体を動員して資料選択へ意見し、圧力をかけることもできてしまう危険を感じる。また、明石市と神戸市は、被害者支援条例という条例により未購入を決定したが、金沢市では、市長が受け入れ拒否の意向を教育庁に伝え批判された。

提供の自由は憲法学の視点で守られているが、収集の自由に関しては憲法の方面から議論することが難しく、図書館の裁量によるところが大きい。恣意的にしても法律的には許容される可能性は高いが、そのような対応が横行した場合、「図書館の自由」を主張する説得力はなくなってしまう。今回『絶歌』の調査では、そういった危うさが見える結果となった。ポピュリズム・首長からの介入に耐え、資料選択の決定主体を図書館であるとするには、それに耐えうる理論武装、日ごろの活動を確立する必要がある。

1-2. 「悩ましい本」に対する苦悩

『絶歌』のように社会的に話題となった本の他、資料選択の段階で図書館員を悩ませている本として、「科学的合理性に著しく反する本」がある。これについての聞き取り調査では、科学的では無くても選書カタログの科学の分類により、科学分野に置いてしまっている、予算の多い館は他館からの購入を期待されている、自分の担当の棚には置きたくない、初めから閉架にするなど、資料選択についての苦しみが見られた。こういった本についてはとくに大規模な館ほど「問題」であると感じており、小規模な館はリテラシー向上のツール、蔵書の多様性を担保する存在としてみなしている傾向が見られた。

2.可視化される資料選択

2-1.全点所蔵検索の可能性

現在、カーリルAPIを使用すれば1冊の本が図書館(公民館図書室等含む約5,000館)に所蔵されているか否かを、1IPアドレスにつき約5時間で検索することができる。所蔵調査も、もはや時間をかけるかどうかの問題のみであり、本気になれば日本の図書館すべてを網羅的に調査する悉皆調査が可能になった。ここまで説明したような図書館の資料選択の問題・苦しい対応は、調査、研究・分析され、公開されうるものになっている。

2-2.集合としての公共図書館による資料選択

5,046冊のサンプルの所蔵調査の結果から、公共図書館の資料選択を分析する。全国の公共図書館の持っている本の集合体は、ジャンル・分野等の割合が出版状況とほぼ同じであり、出版状況をおおよそ偏りなく反映している。また、2館を比較してどちらも所蔵している本は、2館の蔵書合計のうち平均22%であり、比較した小さい図書館の蔵書と比較しても平均46%だった。この結果から、図書館のそれぞれの所蔵は異なり、適切なネットワークの構築で館ごとの偏りもなくすことができるといえる。

2-3.「公平・中立」な資料選択

「図書館の自由に関する宣言」では、「多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集」とあるが、これについて集団的自衛権をテーマにした本を対象に調査した。全体であれば大きな偏りはないが、個別の図書館を見ると、小規模な館ほど反対意見の本への偏りがあり、6から9冊関連本を所蔵する館が反対意見の本しか所蔵していない例があった。出版社、とくに大手出版社が反対意見の本を多く出版しているという事実もあるが、賛成を避けて所蔵している可能性は0ではない。そしてこのような調査はそれほどの手間をかけなくてもできる事を強調したい。

2-4.「合理性」と資料選択

科学的合理性に著しく反する本でとくに生命の安全にかかわる「代替医療」について、大学図書館も含めた調査を行った。大学図書館はとくに所蔵が少なく、批判本がむしろ所蔵されやすい傾向にあった。こういった本については公共図書館も大学のように割り切っていかなければ苦しい状況にあるのではないか。また、代替医療本・批判本ともに大手出版社のものが所蔵されやすい傾向があり、資料選択へ疑問を感じる結果である。

2-5.「くだらない」本の資料選択

ライトノベルは入れ替わりが激しく難しいジャンルであるが、最も多く所蔵している館についての調査で、老舗レーベルの全点買いと言える状況が見られた。図書館員が資料を選べているとはいい難い状況にある。また、マンガはとくにエッセイ漫画の所蔵が目立つ。一般的に想像されるマンガと、図書館の棚に置かれているマンガは異なるようだが、エッセイ漫画が所蔵されやすい理由として考えられることに、販売ルートが書籍と同じであることが挙げられる。よく所蔵される理由が、出版情報に掲載され、よく目に触れるからという非常に心配になる結果であった。

3.今後の資料選択

3-1.選択に対するスタンスの保持

このような調査が容易になり、資料選択の問題が多くの人の目に触れうる状況では、調査結果から資料選択について批判・意見が今後寄せられることに覚悟をしなければならない。『絶歌』の資料選択の理由から見えたような脆弱性を解消するためには、従来の収集方針、「良書」やその後の「市民の求めに応じた本」から、更に今後どのような本を収集するか、明確に態度としてあらわし、理解を求める必要がある。

また、資料選択の結果が見えるようになった段階で、図書館として毅然とした態度を取るためには、できる限り資料選択のプロセスも透明化していく必要がある。公開されているのが一部分のみでは説得しきれないので、内規にしてきた部分も積極的に公開し、補足のいらない完結したルールの公開が重要である。

【質疑応答】

Q. 図書館界の流行や、その図書館の上層部も変化していく中で、ぶれない方針を固めるにはどうすればよいか。

A. まずは、図書館が誰が何をするための施設なのか、ミッションを確定するとよい。収集方針はそのミッションを達成するためのものとしてあるので、方針の変更の前には必ずミッションを確認するようにすれば大筋は変わらないものになるはずである。

Q. カーリルAPIを使った調査で、自館の所蔵の評価をするような図書館の事例はあるか。

A. 聞いたことはないが、やってみる事もできる。似たようなミッションを掲げている図書館同士や、同規模の館との比較などで評価すれば、先進的な事例となると思う。

Q. 収集方針の望ましい在り方は。

A. できる限り数字で表す具体的な文章にすると良い。何の分野を出版の何パーセントというように明記する。

Q. 内規も公開していくと良いとあったが、どのように明文化していけばよいか。

A. 優先順位をはっきりつけていってはどうか。予算が少なくても最優先のものは充分購入できるようになるはず。優先順位にはミッションを反映させ、図書館としての意志を出すようにしていくといい。

Q. 収集方針決める際の館内の共通認識のまとめ方の助言をいただきたい。

A. 誰が何をするための図書館になるか、ミッションを決めてから、必要な資料と優先順位を決めていく。運用し始めて違和感のある部分については後から改正していく。細かい部分は図書館の職員で決めるが、最終的に正式な意志決定のプロセスで、図書館の方針として定めることが重要である。

Q. 寄贈の受入に悩む部分もある

A. 受け手と寄贈者の認識のギャップを感じることも多い部分かと思う。冷静に対処するためにも方針を固めると良い。

Q. 図書館統計の活用について

A. 図書館統計は貸出数や利用者数がメインではあるが、たとえば来館者満足度について、「館内でお茶して満足」と「調べ物が解決して満足」は重みが違う。価値の高い満足を得た事例の吸い上げをし、何かあった時の説明資料として積み上げておくと良いだろう。

以上