日時・会場
平成29年2月9日(木曜日) 14時00分から16時00分 於:県立川崎図書館2階 ホール
アドバイザー紹介
慶應義塾大学文学部教授 根本彰 氏
1984年東京大学大学院教育学研究科修了。図書館情報大学、東京大学大学院教育学研究科を経て、現在は慶應義塾大学文学部教授。
ライブラリーやアーカイブといった社会的記憶装置の役割に関心を寄せ、近年では「場所としての図書館」をテーマに研究に取り組んでいる。
【著書】
『場所としての図書館・空間としての図書館』(学文社2015年)
『理想の図書館とは何か:知の公共性をめぐって』(ミネルヴァ書房2011年)
『続 情報基盤としての図書館』(勁草書房2004年)
『情報基盤としての図書館』(勁草書房2002年)など多数。
概要 「都道府県立図書館の役割を再検討する」
1. 公立図書館の今
【20世紀の公共図書館サービス概念の見直し】
教育・文化は対象や効果が不明確であり難しい分野である。それは行政全体にも言えることであり図書館に限った問題とは言えない。 図書館の研究の中で貸出やレファレンス等アウトプットに関する研究は多く行われてきたが、インプット(財政や人件費)に関する研究はきちんと行われてこなかった。 しかし、図書館サービスを実施するにあたり必要となる人件費(経費)について論じない限り説得力に欠ける。 "すべての人を対象としたサービス展開"という大義名分では通用せず、図書館界が作り上げてきた既成の価値の見直し、拡張が必要である。
そのヒントとして、「公」の概念をきちんと論じるべきではないか。「公」とは自発的な行為から発生している。 ニューヨーク公共図書館は民間財団が運営しており日本の私立図書館に該当する。つまり「民」による「公共」ということになる。 「公共図書館」と翻訳する「Public Library」は、歴史的にはもともと「中上流階級の会員制図書館」であり、無料公開の公的な財源から運営される公共図書館は「Free Library」として区別されていたが、 現在の公共図書館はそれらが統合されたものである。このように、「公」という概念は官と民のように区別できるものではない。 公共図書館関係者はこの概念を柔軟に捉え、指定管理者制度の問題も考えていく必要があるだろう。 公設民営は必然的に発生したものであり、官と民で作る「公」が望ましいと考えられる。
日本では、私立図書館の問題はきちんと議論されてこなかった。 博物館法における私立博物館は重要な位置を占めているが、図書館法における私立図書館の扱いはそうではない。 無料制が足かせとなり民が入りにくい状況でもあり、私立図書館には限界がある。
【デジタル情報サービスの可能性】
インターネットの出現により、今まで評価されてこなかった点において図書館が再評価されている。 インターネットは短期的な情報入手において圧倒的に優位であるが、情報の保存期間も短期であることから、図書館の長期的な情報保存という役割が評価されている。
【図書館概念の再評価】
情報の長期保存という役割に加え、「サード・プレイス」という居場所としての図書館が再評価されている。 図書館という場所を重視することに対するアンチテーゼとして貸出等の図書館サービスという機能面を重視してきたが、再び空間をいかすべきという機運が高まり、機能に場所を加えて再評価する時期に来ている。
【宝の山は市民に届いているか】
資料という宝の山は市民に本当に届いているのだろうか。図書館は情報を得る場としてどのくらい頼られているのだろうか。 市民がもつ漠然としたニーズは図書館の資料とつながることにより初めて利用されることになるが、たとえば地域資料の地図の様な資料は強いニーズを持って検索をしないと探し出すことは難しい。
また、課題解決支援サービスはテーマを絞ってやらざるを得ないという限界がある。あらゆる課題に対応する仕組みを作るべきである。
2. 公立図書館の課題
【公と民の関係の再構築】
公共で実施する事業の再定義が必要である。従来の社会教育施設は無料であり平等性や公共性を保つものであったが、今後はさまざまな展開を迎えるのではないか。 指定管理の図書館の位置づけにおいても、法を整理し地方自治法の「公の施設」であるとともに社会教育法・図書館法の「社会教育施設」でもあることを確認して点検すべきである。 これら両方の性格を備えるものとして、評価・見直しを常に行っていくことが必要となる。
私立図書館による受益者負担の可能性も含め、法的概念の中で議論されている公設民営というあり方も、今後さまざまな形で展開することになっていくだろう。
【公と民の関係の再構築】
インターネット上で提供されるものの利用と、利用できないものの提供というサービスの再構築を考える上で、インターネットを利用しない人に対するサービスが必要であり、 そのために図書館員はインターネット利用の達人になることが求められる。また、場所としての図書館が定着しつつある状況において、共同学習の場、くつろぎの場、子育て支援等の集いの場としての市民空間の提供も最近注目される再構築のポイントである。
【図書館と利用者の関係の再構築】
目に見えるサービスとして、来館者・非来館者に対するBM、アウトリーチサービス、インターネットによる情報サービスが存在するが、 目に見えないサービスとして「宝の山」が存在する。図書館には良いものがあるのに利用者に気づかれていないのではないだろうか。 宝の山に気づいてもらうためには、広報、展示、イベント、講座に加え、広い意味での情報リテラシー教育という一人一人が主体的な学習者になるという訓練が必要と思われる。 一人一人が主体的な情報の使い手となる、そこに図書館は重要な役割を果たすと考えられる。
資料は使ってみないと不要かどうかは判断できない。まず使ってもらうためにはどうすればいいか、使ってもらうためのインターフェースを作り、非来館者へ働きかけることにより利用者との関係を作り直すことが必要である。
3. 都道府県立図書館とは何か
【都市型図書館モデル】
都市型図書館とは、都心近くにあり歴史的な建築物で時代それぞれの居心地の良さがあり、調査研究利用が中心であり専門司書によるサービスが受けられるという特徴がある図書館である。 モデルとして、大阪府立中央図書館、東京都立中央図書館、横浜市立中央図書館、神奈川県立図書館が挙げられる。
【第2線図書館論】
市町村立図書館サービスの存在を前提とし、それを補完するサービスとして専門的学術的コレクション構築、保存書庫の役割、高度なレファレンスサービス、 県内相互協力支援、県内サービスの均質化とバックアップ等を行う図書館として定義されてきたが、地域図書館が増加しさまざまなタイプの図書館が生まれ、 都市型図書館の一部が第2線図書館の役割を担うようになってきた。しかし、本来第2線図書館というものはなく、図書館整備が進みサービスが充実すればすべての図書館が第1線であるのではないだろうか。
【多様な県立図書館の在り方】
政令市図書館と県立図書館の関係を整理する必要がある。県立図書館は財政圧縮と経営の合理化、市町村立図書館の整備による役割の見直し、 情報ネットワークによるサービス手法の変化、施設老朽化、資料保存スペースの問題等により、再編を考える必要に迫られている。 事例として、高知県立と高知市民の統合・分担、埼玉県立浦和図書館の廃止、東京都立多摩図書館の移転と中央図書館再編が挙げられる。
県立と政令市立中央との関係性は「中心併置型」「県内別置型」「市内別置型」の3種類に分類される。全体の動きとして、 市町村立図書館の整備が進むほど果たす役割は重なり、県立図書館が引いていくという傾向がみられる(参照「県立図書館と政令市中央図書館の関係(講演配付資料)」)。
【道府県立と政令指定市立との関係】
道府県立と政令指定市立との関係を整理すると、市立図書館が整備されると県立図書館が引く事例が多くみられる。 利用者から見ると似たような図書館が近くに存在するという二重行政の批判に対し、県立図書館が場所を移転し第2線図書館の役割に特化する等、さまざまな形で調整が行われてきた。
4. 今後の神奈川県立図書館の在り方
【都市型図書館としての方向性】
インターネットで提供されていない情報を前面に押し出すことも重要であるが、電子書籍コンテンツの充実に伴い提供サービスは図書館として考えていく必要がある。 広域を対象に本当に必要なものを提供するためには、電子書籍やデータベースに目を向け、インターネットの活用やデータベース、デジタルアーカイブの作成も必要となるだろう。 また、地域支援や課題解決支援サービスといった従来のサービスについてもきちんと継続していく必要がある。
【図書館員の専門性のモデルとなる】
経営に関わる「カネ」と「ヒト」の問題のうち、「ヒト(人材)」に関わる部分を発展させていくべきである。 現在では県と政令市しか実施していない専門司書の採用を継続し発展させることは重要である。 また、専門的サービスやデータベースの単なる提供ではなく「開発」を行うこと、県立川崎図書館で行われているように主題専門性を明確にすること、 図書館が紀要を発行するなど、図書館員がテーマを持ち調査研究をすることが必要だろう。博物館法と図書館法の最大の違いは業務の定義のなかに調査研究があるかないかにある。 両方の法の第3条では業務が列挙されているのだが、博物館法では「調査研究」が明確に書いてあるが、図書館法には書かれていない。しかし研究は専門性を担保するために重要である。
【中長期的課題(県の図書館行政)】
二重三重の文化投資と判断される横浜市立中央図書館との役割の棲み分け、「紅葉ヶ丘文化ゾーン」3施設の足並みを揃え総合的に見直しを行う必要性、 これらの問題を解決するためには何らかの大胆な計画が必要である。ネットワークを利用することにより県立図書館も広域サービスでの県内全域に対す直接サービスが可能となった。 もはや第2線図書館とはいえない。人的、財政的なバックアップサービスを提供できるのはやはり「県」である。県がそのようなサービス提供のセンターとなることを考えていくべきだろう。
人材育成の面において司書の人材市場を保つことは評価できる。今後、大きな教育改革の中で図書館は重要な役割を果たすと考えられる。司書、学校司書、大学図書館を含め図書館専門職の育成を県レベルできちんと考えていく中長期の計画が必要だろう。
【都立中央図書館の事例紹介】
宝の山である地域資料を見せる工夫として、都立中央図書館「都市・東京情報コーナー」の事例を紹介する。書庫に保存していた地域資料を1階の開架に置き、 図書館が積極的に資料を「見せる」サービスとなっている。また、展示会や講演会などにも工夫がある。都立図書館改革の一つとして、気概が感じられる新しい取り組みである。
以上