日時・会場

平成29年1月10日(火曜日) 14時00分から16時00分 於:県立図書館4階 セミナールーム

アドバイザー紹介

専修大学文学部教授 植村 八潮 氏

1956年生まれ、東京電機大学工学部卒業。東京経済大大学院博士課程修了。博士(コミュニケーション学)。 1978年東京電機大学出版局勤務、同局長を経て2012年より専修大学文学部教授および(株)出版デジタル機構代表取締役に就任。 2014年出版デジタル機構取締役会長を退任。現在、日本出版学会会長、納本制度審議会委員などを務める。 専門は出版学で日本の電子書籍の研究・普及・標準化に長らく携わってきた。

【著書】

『電子出版の構図:実体のない書物の行方』(印刷学会出版部2010年)、編著として『電子図書館・電子書籍貸出サービス:調査報告2015』(ポット出版2015年)ほか。

概要 「電子書籍の動向と図書館の役割―読書を取り巻く環境変化」

公共図書館を取り巻く環境変化

まず、図書館の環境変化について外的要因をまとめる。一つは、行政の財政悪化と、その改善のための構造改革がある。 図書館にはコスト削減が求められており、その対策としてアウトソーシングが促進された。また、費用に対する効果の説明責任が生じ、業績評価としてわかりやすい貸出率、来館者数が評価指標として用いられている。 この指標だけで評価をしてよいのかという問題がある。市民は貸出を求める傾向があり、貸出を優先させれば評価が高くなることになる。むしろコストが掛かるが、重要な機能であるレファレンス業務についての評価を高め、納得してもらう働きかけが必要である。

一方、出版不況や若者の本離れが進み、出版界からはベストセラーの貸出批判の動きが起こり始めた。 また、従来収集していた図書館資料の電子化等により、図書館資料の形態の拡大が進んでいる。 今後学術ジャーナルに限らず、一般書や教科書の電子化が進むことが予想され、公共図書館や学校図書館はそれに対応していかなければならない。 しかしながら、デジタル教材を誰が管理していくのかという課題に対する考えは決まっていない。 その他、図書館では障がい者・高齢者へのサービスが課題となっている。このことについては、電子書籍の読み上げ機能や、拡大機能が有効である。

出版と図書館の関係

ベストセラーの貸出の問題で、出版社と図書館の関係が注目されている。 一見全面的に対立しているように見えるが、大学図書館と専門書の出版社の関係は元々良好で、反発しているのは公共図書館と文芸一般書の分野である。 専門書出版社側からは、図書館が本を買うことに対して、「図書館も重要な顧客である」とする意見もある。 しかし、この見方は図書館を経済価値で評価しており、ベストセラーの貸出批判と論拠を共有してしまっているため、根本的な解決には至らないだろう。 出版社と図書館は社会に対して担う役割を考え、それぞれのやるべき仕事の見直しを図るべきである。

出版社の現状

出版界全体では、雑誌の売り上げが書籍の売り上げを下回る状況となった。出版流通は雑誌で売り上げを伸ばし、雑誌の物流に相乗りさせて書籍を販売してきた。 流通コストを雑誌販売だけで担えなくなった今、書籍を作るためのコストが変わらないのであれば、まっとうな流通・取次のコストを払う必要があり、書籍の定価をあげる等の対応をせざるを得ないだろう。

電子書籍化率

電子書籍はコミックを中心に市場拡大し、dマガジンの普及で雑誌も大幅に増えた。また、一般書の新刊の多くが、紙での出版と同時ないし1年後に電子書籍化している。電子書籍は十分に供給が始まっているにもかかわらず、「一般に普及している」とは言い難い状況とされ、電子書籍が期待ほど伸びていないと言われる理由は、出版不況によりビジネスとしての期待が大きすぎたこと、電子書籍は安く買えると思っていた読者のニーズに対応しきれていないこと、コンテンツが無料化する事例として紹介されたが、思ったようには無料にはならなかったことが挙げられる。

文字情報流通の主役交代

電子書籍は紙の本をデータ化するという話だけにはとどまらず、「読書」の枠を広げていくことが予想される。「小説家になろう」のような無料で読める小説投稿サイトで作品を読むことは読書なのだろうか。たとえば中高生を対象とした、あるアンケートでは「電子書籍を読まない」と答えた人の多くが「小説家になろう」を読んでいた。このように、これまで「読書」と呼んでいたものが揺らいでいる現状において、「読書」の概念を拡張して捉え直す必要があるのではないだろうか。従来の文字情報流通は紙が主流であったが、データベースや電子ジャーナルへと広がり、さらにその外の膨大な広がりの中で、LINEや投稿サイトなどが活躍し文字情報を扱っている。この状況をあらためて見直し、図書館で文字情報をどのように扱うか整理する必要がある。

図書館と電子図書館

公共図書館の電子書籍サービス実施館は53館。サービス開始の主な懸念としては、提供できるタイトルが少ないこと、予算の確保が難しいこと、充分な知識経験がない、サービス継続の不安などが挙げられている。とくに、「電子書籍を購入した後、サービス終了で貸せなくなる」ということに抵抗が強いが、電子書籍の契約は「もの」としてデータを所有する契約ではなく、データへのアクセス権を持つ契約であるということを理解してほしい。 電子書籍には「所有」という概念がないため、「貸与」することはできない。また、図書館法第3条(図書館奉仕)における「図書館資料」の範疇にはなく、従って、図書館法第17条(入館料等)における「図書館資料」の利用にはあたらないので、「無料原則」は適用されないと考えられる。電子書籍は図書館が有料提供しても問題のないものであり、必ずしも無料提供にこだわらなくてもよいのではないだろうか。

また、電子化という環境の変化に対応するうえで予算や人員の不足はやらない理由にはならない。実施している事例が存在するということは、やる気の問題である。

コンテンツと信頼性館

電子書籍と図書館のコラボレーションには、セレンディピティとしての図書館と、全文検索ができ、文字の拡大や読み上げ等のアクセシビリティに優れた電子書籍のそれぞれの良さを生かす効果が得られる期待がある。また、デジタルコンテンツに対する信頼性を誰が付与するかという問題がある。今後、図書館の中でのみアクセスできるデジタルコンテンツや、出版社が信頼性を保証するデジタルコンテンツなどを作ることで、従来「信頼性」という言葉に関わってきた出版社や図書館が、その役割を担うことができるだろう。

以上