日時・会場

平成28年1月14日(木曜日) 14時00分から16時00分
県立川崎図書館2階ホール

アドバイザー紹介

慶応義塾大学文学部教授 根本彰 氏

1984年東京大学大学院教育学研究科修了
図書館情報大学、東京大学大学院教育学研究科を経て、現在は慶應義塾大学文学部教授
ライブラリーやアーカイブといった社会的記憶装置の役割に関心を寄せ、近年では「場所としての図書館」をテーマに研究に取り組んでいる。

【主な著書】

『場所としての図書館・空間としての図書館』(学文社2015年)
『理想の図書館とは何か:知の公共性をめぐって』(ミネルヴァ書房2011年)
『続 情報基盤としての図書館』(勁草書房2004年)
『情報基盤としての図書館』(勁草書房2002年)など多数。

レクチャー概要 「日本の公共図書館の転換期を展望する」

1 はじめに

近年、公共図書館(以下、「図書館」)は社会から注目される存在となっている。講演者自身も、最近マスコミから発言を求められることが多数あったが、これは今までにないことであった。注目を浴びている主な点が、1ベストセラー提供問題 2指定管理問題(ツタヤ問題) 3図書館の自由の問題(『絶歌』問題など)の3点である。

1点目の問題は、10年ほど前に盛んに議論され出版界と図書館界共同で「公立図書館貸出実態調査」(注意)も行われた。しかし、この調査は完全なものではなく、議論も明確な着地点をみないままとなった。そして、昨年になってあらためて、一部出版社から新刊文芸書の1年間貸出猶予の要望の声が聞かれる事態となっている。公貸権や貸出利用への課金など、欧州の一部ですでに導入されている制度なども視野に入れながら検討する必要があり、今後も議論が続くものと思われる。

2点目の問題は、とくにカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)による運営のあり方で注目を集めている。そこが運営する「ツタヤ図書館」は「貸す」と「売る」を同じ空間で共存させた形の運営となっている。著作物の「売る」と「貸す」の関係、すなわち市場と公共サービスの関係、そして公共サービスであっても有料と無料との関係を考える必要がある。

3点目の問題は、犯罪加害者による手記が世間の耳目を集めたことによるものである。
いずれにせよ、図書館が発展し身近なものとなって社会的認知を受けるようになった結果、社会的な責任も有するようになった、ということを念頭において考えていく必要がある。

2 歴史的な再定位

戦後日本の図書館は、米国の影響を多大に受けて制度確立が行われた。独立した図書館法が制定されたこともその表れである。とはいえ、図書館はあくまでも設置することができる施設であり、教育政策の末端に位置する存在で、静かな勉強部屋、資料の保管場所というイメージの場所であった。

これに対して、1960年代から日本図書館協会の図書館政策提言が始まり、『中小レポート』『市民の図書館』で示される資料提供サービスに重点を置いたサービスが行われ、図書館は成長期を迎える。しかし、資料提供に重きを置いたサービスは、90年代後半以降の財政悪化のなかで逆風を受け、現在の構造改革期に至る。

構造改革期の変化は、図書館経営に顕著に表れている。コストを下げるための外部委託・指定管理者制度・PFIの導入、コストパフォーマンスによる評価の試みが行われるようになった。ここで、コスト(人件費)のかかる「レファレンスサービス」とコストのあまりかからない「貸出」の関係を、自治体経営の手法のなかにどう組み込むかは未解決の問題としてある。

またこの時期には、ベストセラー提供問題も浮上した。これについては、米国のライブラリー・プライスという方式が参考になる。図書館は、著作権を一部制限してサービスしていることの対価として、書籍を一般の市場価格よりも高く購入するもので、日本でもDVDなどはこの方式をとっている。出版界の慣行である定価販売と矛盾することでもあるが、図書館の社会的責任をどのように評価するか、という観点から考えていく必要がある。

3 情報基盤としての図書館

「活字離れ」対策や、知識偏重から脱した「学ぶ方法を学ぶ」学習、また、情報社会の福祉装置という点からみて、図書館は情報基盤として社会に不可欠の存在であることは変わりないが、構造改革期にある今、あらためてその公共性を問いなおすべき時期にきていることは否定できない。

これまでのような貸出偏重のサービスでは公共性についてアカウンタビリティ(説明責任)を主張することはできない。貸出サービスと調査レファレンスサービスの両方が相まってサービス展開する必要がある(「車の両輪論」)。ただし、とくに調査レファレンスサービスは人的コストが高く、コストに対してのパフォーマンスを説明する必要があるが、図書館員のパフォーマンスとは何かという点については十分に解明されてはいないといえる。

ここで、現在の図書館が抱える課題について整理する。

図書館は任意行政であり、また、「ハコもの」行政と捉えられがちである。さらに、これまで図書館が、貸出など比較的コストのかからないサービスに偏重してきたために、そのサービスが「市場」と重なるものとして見えてしまうようになった。その結果、容易に民営化の議論が起こってくることとなった。しかし、これまで見てきたように、図書館は、社会の情報基盤として、コンテンツを含む資料の提供、調査レファレンスなどの人的サービスといった総合的なサービスを行う公共施設である。この点を十分に行政や利用者に理解してもらう必要があるだろう。

ところで、図書館が扱う資料(コンテンツ)について触れたい。図書館が扱うコンテンツには、商業出版物、灰色文献、インターネット上の情報があるが、目に見えない潜在的なコンテンツ(それが存在することを知らなければアクセスできない)の提供は難しい現実があり、十分には展開しきれていない。しかし、図書館は、それらのコンテンツを「目に見える範囲」「手にとれる範囲」に顕在化させることの重要性を意識しながら、何をどう提供するのかを考えていく必要がある。そういった観点から「地域資料」に注視する必要があるだろう。資料自体の唯一性あるいは希少性に特徴があり、文字というメディアを通じて地域の歴史を伝え、地域的アイデンティティの源泉となりうるのが「地域資料」である。図書館は、この地域資料と情報流通の結節点として機能していく必要がある。

4 公立図書館行政の問題

図書館行政について、とくに県立図書館の位置づけについて考えるためには、行政部門としての図書館と実施現業部門としての図書館の関係、市町村と県との関係という点から考察する必要がある。

県立図書館は、未設置町村への直接サービス、県内広域サービスの拠点、高度な調査研究サービスという役割を担っており、市町村の図書館とはその役割が異なるとして、県庁所在都市においても県立、市立両方の図書館が必要であるとする考え方があった。しかしこれが二重行政として批判の対象となり、最近では、高知のように県立と市立の図書館を合築するという事例が出てきている。

ここで、今後の県立図書館の新たな可能性として具体的に二つ提示してみたい。

一つ目が、県内市町村との図書館専門職人事の一元化である。すでに県の教員採用・配置に関しては県内市町村との一元化が行われてきており、ノウハウがあるものと思われる。これを司書についても導入することの可能性について議論してみてもよいのではないか。またさらには、公立学校図書館もそのなかに含めて検討する可能性も考えられる。

二つ目は、県の図書館行政を兼務することである。これはアメリカの州立図書館が、州民に対する公共図書館サービスのほかに、州政府に対する専門的な図書館サービスや、州図書館行政を実施していることに範をとった考えである。

最後に、図書館の経営形態や運営母体の多様化などを背景に、司書という職があいまいになりがちな現状を鑑みて、図書館職員(司書)は何をする人か、をあらためて確認する必要があると考える。具体的には、本と情報の専門家であり仲介者であること。図書館経営の専門家であること。図書館行政の専門家であること、が挙げられる。こういった司書の専門性について、各職員が自分で語ることが出来なければ、社会に専門職として認知されないであろう。

5 おわりに

(1)「印刷本」は生き残るか
「印刷本」は、ものとしての触感や、俯瞰性、全体性など点から生き残ると確信しているが、電子書籍の可能性も検討していく必要がある。

(2)図書館は生き残るか
デジタル資料などさまざまなメディアが登場してくるなかで、メディアのあり方全体を見ながら、図書館として生き残っていくべきだと考える。また、知識・情報の編集発信機能、コミュニティ(地域)のシンボル機能についても評価されるようになってきており、検討していく必要がある。

(3)行政と職員
県という広域的な範囲での資源配分や人事の一元化について、時間をかけて検討していく必要があると思われる。

(注意)「公立図書館貸出実態調査」
2003年7月、(社)日本書籍出版協会、(社)日本図書館協会が共同で、公立図書館の貸出実態を調査した。この結果は『公立図書館貸出実態調査2003調査報告書』((社)日本書籍出版協会、(社)日本図書館協会 2004年3月)として公表されている。

【質疑応答】

Q. メディアについて指摘があったが、レコードやカセットなど、もはやほとんど使われなくなった媒体資料について、図書館としては、メディア変換し、コンテンツとして持っていれば十分と考えるか、あるいは元の媒体もそのまま保存していくべきか、という点についてどのように考えるか。

A. 原型のまま保存するのは、博物館的な発想で、すべての図書館で保存する必要はない。どの程度まで保存していくかは、各館のポリシー、ニーズ、コストなどによる。コンテンツの保存中心とする考えも、もちろん有り得るだろう。

Q. レファレンスサービスの可能性についてどのように考えるか。

A. 利用者が情報を求める場合でも、インターネットを利用して簡便に利用者自身で解決できる場合が多くなっているのは事実である。だが、そこから掘り下げた情報を求めている場合には、図書館職員とのやりとりのなかで必要な情報を明確にし、そこにたどりつくというプロセスが必要となり、それがレファレンスサービスである。これは、今後も残っていくサービスである。また、事例などを蓄積しデジタルなツールを使用した情報発信することも有用であるが、その情報発信の仕方、インターフェイスなどに工夫の余地がある。

Q. 電子媒体の地域・行政資料を図書館がアーカイブする意義や根拠についてどのように考えるか。

A. ボーンデジタルの資料を受入保存することはもちろん、紙に出力して閲覧しやすくするといった工夫も必要だろう。ただし、行政資料(図書館が扱うべき資料)と公文書(公文書館が扱うべき資料)の区別は非常に難しい。また、資料の作成状況について把握するのも難しいと思われる。それらを収集する根拠については、あいまいな部分もあるが、地域資料としてとらえれば、図書館法などに十分に根拠はある。

Q. 市と県の専門職員人事の一元化について、事例などがあるか。

A. 現在、図書館は"変わり目"に置かれており、そのような時期は思い切った発想と議論のチャンスでもあるといったことからの提案である。

以上